[愛欲] ※ピオジェ以外認めヌェー!派な方は読まないほうがいいですよ〜(苦笑) 先日の件があってからというもの、アスランは少しだけ、ジェイドに対する評価を変えつつあった。 冷たい性格で、同僚相手でも愛想笑い一つ浮かべないと噂される彼は、何かにつけて遠巻きにされている。 そのせいで実情が分からない為に、噂は益々一人歩きをし、『研究をやめた今も、まだ死体を回収しては実験に使っている』などと言われているようだ。 アスランにそれを判断する術はないが、だが嘘だろうとなぜか思う。 彼を見ていると、何となくだが―――――…思うのだ。 単なる勘だけれど、幾多もの戦火を潜り抜けてきた、生き抜いてきた勘だ。信頼してもいいと、自分では思っている。 「あ―――――…。こんにちは、フリングス中佐」 軍本部を少々早足で歩いていたら、いきなり兵に声をかけられた。 何事かと振り返って声の主を見てみても、勿論一定階級以下の者は同じ服を着ているので、何処の誰かも分からない。 「ジェイド大尉の件では黙っていて下さって、ありがとうございました」 「ジェ――――…」 「ああ、この前大尉にファミリーネームには馴染みがないからと言われてしまいまして、呼び名を変えたんです」 名前で呼んだことに驚いているのだろうと思ったのだろうか、兵はにこりと笑いながらそんな事を言っていた。 だがアスランは、その台詞で一体いつの件の誰なのかを、想起していたのだ。 大尉の件―――――…それはきっと、視察の際に起こった事件についての事。 ジェイドと、ピオニー殿下が一緒になって、この件を内密に、と言っていた、あの件。 それを知っている彼は、あの時殿下の部屋の前まで報告にやって来ていた、あの兵なのだろう。 そこまで思い出して、ああ、とようやくアスランは納得した。 そして、ようやく彼の呼称にまで思考が及ぶ。 確かに、彼のカーティスの名は生家の名ではないから、馴染みがないのは当然。 だからといって名前で呼ぶのはどうかとも思うが――――…。 「『フリングス少佐も聞いてしまったなら、経過くらいは報告して差し上げた方が良いでしょう』、と大尉が仰っていたので、その後進展がありましたらご報告に伺いますね」 「ああ、よろしく」 それだけが用件だったのだろうか、それでは仕事がありますので、と言って彼は一礼の後去っていった。 ジェイドの部下にしては愛想が良いな、などと失礼な事を思いながら、アスランはその後姿を見送る。 マルコ、と言うらしいあの部下は、初対面の時も思ったが、ジェイドを上司として尊敬、あるいはプラスの印象を抱いているようで、それが言葉にせずとも伝わってくる。 あれだけ忠実な部下ができるという事は、やはり人間性は良いといえるのだろう。 しかし、その数が圧倒的に少ない。 まぁ、きっと人付き合いが苦手という事もあるのだろう――――――…決して人付き合いが得意という人が多くない筈の軍内において、ジェイドという人間は特にその分野が苦手なようだから。 急に親しみやすいキャラクターのように思えてきたお陰で、最近は本当に彼と接するのが楽しい。 そのせいだろうか、本来ならば部下に持っていかせるであろう雑用でも、アスランは自ら進んで持っていくようになっていた。 軍本部の、会議室よりも更に奥の、光のあまり入らなさそうな小さな執務室。 そこが、鳴り物入りで入った出世頭、ジェイド・カーティスの居場所だ。 すっかり覚えてしまったその道のりを、アスランは心なしか軽やかに歩いていく。 戦術においては現将軍すらも舌を巻く程の智謀ぶりを発揮する彼は、近々今よりも会議室に近い部屋をあてがわれるらしい。 それほど将軍や上層部に気に入られてしまっているのだろう。 それだけに、現在の本部奥の、人が来やすいとは決して言えない場所をあてがわれているのか、不思議でならなかった。 (あれ…珍しいな) いつものように人など滅多に通らない廊下を歩いていたら、何故かマクガヴァン将軍の補佐を務める男――――名を何と言ったか忘れてしまったが――――が、足早に歩いてきた。 この先にそんな階級の人物がいくような場所はなく、あるとすればジェイドの執務室くらい。 しかし、マクガヴァン将軍もジェイドをひどく気に入っていて、補佐などに行かせずに自分から彼の元へ行ったり、あるいは呼びつけたりしていた筈だった。 一応、上司に当たるから…と、アスランは会釈をするも、何故か彼はこちらを見ようともせずに、足を更に速めて、行ってしまった。 「………?」 あんなに素っ気無い態度の人物であっただろうか。 後姿を見ながら、アスランはふと、首を傾げた。 だが、すぐに思考を切り替え、間近にある執務室への歩みを再開させた。 「カーティス大尉」 こん、こん、という軽やかなノックと共に、遠慮がちにアスランは声をかけた。 この時間は休憩をしていることが多い為、もしかしたら寝ているかもしれないという配慮故のものなのだが、いつもジェイドはすぐに返事をする。 彼にとって、もしかすると休憩は寝るものではないのかもしれない…とも思うが、しかし時間も関係なく働く軍人という仕事は、眠れる時に眠るのが常であり、ジェイドの仕事スタイルは少し特殊だとも思う。 確かに、彼も一応はソファに座って寛いでいるものの、その膝には読むのに少し時間がかかりそうな、文字のびっしり並んだ書類が散っていて、とてもじゃないが休んでいるようには見えない。 せいぜい、気分転換に場所を変えて仕事をしている姿といった所だ。 彼は、一体いつ休んでいるというのだろう…? 「…………大尉?」 今日は珍しく、すぐに返事がなかった。 すぐに返ってくる玲瓏な声が聞こえないのを認知すると、アスランはその扉を開けるべきかどうか迷った。 用事があるので、部屋には入らなければならない。 だが、部屋の主の了承を得ないまま入ってもいいものなのだろうか… 迷いはしたものの、アスランの仕事の方も滞ってしまう。 心の中ですいません、と謝りながら、彼はそうっとその扉を開けた。 「カーティス大尉…?」 部屋の中を見ると、いつもの定位置――――…執務机の所にジェイドの姿はなく、入れ違いになってしまったか、と内心がっかりする。 だが、彼らしくもなく、書きかけの書類が無造作に広がっていて、インク壷は開いたまま、しかもそこにはペンが入ったままになっていた。 すぐに戻るつもりでこうしていったのだろうか。 しかし、それでもインクは乾いてしまうから、必ず蓋をするのが普通である。 やはり、不自然だ。 変だと確信したアスランは、再び室内を見回した。 すると程なく、ソファの下の所に、ジェイドが普段使っているベルトが落ちているのを見つけて、そこへと駆け寄った。 「…………あ」 ベルトを拾った所で、すぐ右側に青いものが目に入る。 思わずそちらに目を向ければ、次はだらりとソファから垂れた足が目に入ってきた。 群青よりも更に濃いその色は、まごう事なく、ジェイドのブーツの色。 まさかと思いながらも視線を更に足の向こうへとやってみたら、案の定、探し人であるジェイドが、何処か疲れた風な表情で寝入っていた。 (大尉もやっぱり人なんだなぁ…) 寝ている姿を見て、妙に感慨深くなった。 突発的な一言に弱い事は分かっていたのだが、それ以外、彼に隙らしいものは一切見当たらなかったこともあるし、休んでいるだとか気を抜いている場面を見たことがなかったから。 しかしながら、こうして隙のある部分を見れた事で、アスランは何故だか嬉しくなっていた。 そのせいなのかは分からないが、失礼だと思いながらも、そんな姿をしげしげと観察してしまう。 眼鏡は外されソファの縁に無造作に置かれていて、普段眼鏡なしで見る事のない整った容貌がさらされている。 赤い瞳が見えないせいなのか、起きているときよりも雰囲気は柔らかく、一体どういう風に寝入ってしまったのだろう、糸のように細いハニーブラウンの髪はあちこちに散っていた。 それに、アンダーの襟元は鎖骨の下ほどまで開いていて、上に着ている青の上着もところどころが外れたままになっている。 ベルトはそもそも床に落ちていたから、勿論ベルトもしていなくて。 なんというか、全体的に彼らしくない、乱れた姿で眠っていた。 しかし、その静かな寝顔のせいか、まるで眠り姫のように安らかで静謐な空気を感じる。 そこまで仕事が詰まっていたのだろうか―――――… アスランがそんな事を考えていたら、紅の瞳が唐突に開いた。 「!!」 「―――――…ああ、フリングス中佐でしたか。すいません、驚かせて」 乱れた髪を手ぐしで整えながら、ジェイドは苦笑を浮かべてゆっくりと起き上がった。 寝ていた体勢に無理があったのだろうか、その動きは少しぎこちない。 そんな部分にばかり目が行っていたアスランだったが、しかし妙に鋭い動作で襟元を隠した為に、動体をとらえる癖のある目が、ジェイドの首筋にあった赤い痕を見つけてしまった。 「大尉…」 「なにか、御用ですか?」 眼鏡の場所をすぐに探り当て、かけてしまうと、もうそこにはいつものジェイド・カーティスが佇んでいた。 誰も寄せ付けない冷たい空気、何があっても笑みの形から動かない顔。 少々寝乱れていた姿をものの数秒で正すと、彼は何事もなかったかのように立ち上がった。 「―――――ああ、この資料を…お渡ししようと思いまして」 追求されたくないのだろう。 すぐにそう理解したアスランは、数秒の間の後に、同じように何事もなかったかのように答えた。 ……赤い痕、それにこの状況が指す事実は多くはない。 疲れた表情で眠っていたという状況、妙に乱れた服。 加えて慌てた様子で去っていった補佐、目覚めた瞬間の驚きの表情。 十中八九、すれ違ったあの人物と関係を持っているのだろう。 軍内部ではそういう人も多いから、特に驚くことではないけれど。 「ありがとうございます。丁度なくて困っていたんですよ」 「それは良かった。………あ、あと」 「?」 仕事の話をしながらも、アスランはジェイドの首に視線がいってしまっていた。 次の台詞に思わず詰まってしまいながら、アスランは必死で視線をそこから剥がして言葉を続ける。 「3日後の視察の件、大尉を含めた護衛のリストを本部に提出するように、との事です」 落ち着いた話し方ができているだろうか。 ジェイドが頷くのを横目に見ながら、アスランは手元の紙を見るふりをしながら、思考回路を整えるのに必死になっていた。 こんな涼しげな顔をした男が、一体どうやって男に抱かれるのだろう。 いや…もしかすると抱く側なのかも分からないが。 しかしそうだとしても、彼が人と睦み合う姿というものが想像できない。 愛などという単語自体知らなさそうで、知っていたとしても、愛し方など分からないかもしれない。 唯一、彼が感情を表すのが殿下関係のものくらいだったから、尚の事。 ジェイドが苦笑いを浮かべてこちらを見ているのにも気付かず、アスランはその後3分程、思考に沈んでしまっていた。 「………………っ」 フリングスが去っていったドアを見つめ、ジェイドは張り詰めていた神経をようやく緩め、力なく椅子へと倒れ込んだ。 身体の奥がずきずきと痛むこの感覚は、いつまで経っても慣れないものだ。 そんな事を考えながら、気持ち悪さをやり過ごそうと、長く息を吐く。 きっとフリングスは気付いてしまっただろうが、悟られぬようにしていられる程、体力にも精神にも余裕がなかった。 全く、こんな状態にしたあの男には困ったものだと、ジェイドは憤慨したい気分だった。 軍に入ってから暫くして、自分がそれなりに魅力のある存在である事に気付いた時から、「これ」が始まった。 そういう人が多い事は分かっていた。 最初は色々な事に驚いたりもしたが、今ではそれほどでもない。 それに何より、「便利」だと感じたので、現在ではむしろ積極的でさえある。 今日の相手は名前も覚えるに値しない、つまらない男だった。 マクガヴァン将軍の補佐という位置にある彼は、将軍とは違う考え方の持ち主であり、少々過激な思考の人物だ。 そんな分析をしていた折に丁度彼が何事か企んでいるらしいという情報を得て、そちらの趣味かは分からないが、引っ掛けて、そのついでに聞き出してみた。 彼は、男の方を好むタイプで、聞き出すのも誘惑するのも簡単だった。 ノンケの男を引っ掛けるのはせいぜい20代前かその前後が限界で、その後はとても頑なである事が多い。 だから助かった…と思いつつも、腰や脚をやたらと撫で回すその癖に、吐き気がした。 そうして引っ掛けて1週間もしない内に、あちらからの誘いがあり、休憩時間にと約束して会ったのが、今日。 目的は勿論セックスだ。 その最中に世間話のように切り出してみれば、案の定彼はピオニー付きの臣下の失脚計画を立てており、その場では知らぬふりをしたが、妨害を心に誓った。 しかし、それが上の空と取られてしまったらしく、その後彼に無体を強いられ、体力が尽きてしまって。 そうして、不覚にも気を失ってしまい、目覚めたら戸惑った様子のフリングスの姿が視界に映った。 自分の格好がどうなっているのかまでは認知しきれず、飛び上がるように起き上がったのだが、乱れてはいたものの後始末はしてくれたようで、ほっと胸を撫で下ろした。 そして安堵の次に訪れたのは、こんな事態を招いた男への怒り。 もう彼に用はないから、これを理由に別れてしまおう。 机に向かう気力もなく、ただ椅子に身体を預けながら、ジェイドはそう決意した。 ―――――いくら無体を強いられたとはいえ、仕事は待ってはくれない。 疲労からくる眠気と、無理をした身体の痛みと戦いながら、ジェイドは身体を起こすと机へと向かう。 こちらが片付けをする間もなくのしかかってきたものだから、インクは少し乾いてしまっていた。 とろりとして少し使いづらくなってしまったそれに、少しの水を足して、書きかけの文章に新たなインクをつけ足していく。 ただ決まりきった言葉を並べるだけのこれらの作業は、ひたすらに頭を捻って書き続ける研究論文を書く作業と違い、ひどく眠気を誘う。 しかしそれでも眠そうなそぶりを全く見せずに、ジェイドはてきぱきと仕事を片付けていった。 「――――――…さて、と」 程なく、ほぼ予定通りに報告書を書き上げたジェイドは、重い腰を上げてドアへと向かった。 と、図ったかのようなタイミングでノックの音がする。 「大尉、いらっしゃ――――あ」 ノブは目の前だったから、すぐに開けてやれば、いらっしゃいますか、と言いかけていたらしい部下の呆けた顔が出迎えてくれた。 戦々恐々としている者が多い自分の部下の中では、一等愛想が良く物怖じしない性格である部下―――マルコだ。 さすがの彼も一瞬混乱したようだったが、すぐに立ち直ると敬礼をしてみせる。 こういう切り替えの早さは、軍人としては好ましいといえるだろう。 …などと、関係のないことを考えてこのだるさのことを考えないでいたのだが、それでもどうやら誤魔化せそうにない。 やはりあまり長い間動き回る事は困難なようだ。 立地的に、ここから上層部の人間の部屋までは随分と距離がある。 そこまで何食わぬ顔で到着できるかどうか、正直自信がない。 「丁度良かった。報告書が出来上がったので、これを参謀に提出してきてもらえませんか?」 「あ、はい!」 「それで、何か私に用がおありのようですが、何ですか?」 ともすれば、そのまま報告書を片手に走り出しそうな雰囲気であったマルコに、苦笑交じりにそう声をかける。 と、案の定それをうっかり忘れかけていたらしく、彼は少し照れくさそうな声音で切り出した。 「あの、先ほど宮殿でピオニー殿下に会いまして。その…大尉をお探しのようでしたので、ご報告に」 「………そうですか。分かりました、それでは少し休んだ後部屋にお伺いします、とお伝えしておいて下さい」 二つも用事を頼んでしまってすいませんね、とジェイドは笑った。 しかし、用事は済んだ筈なのに、マルコは何処か釈然としない顔をしていて。 「…どうしました?」 「い、いえ…何だかいつもと違う香りがしたものですから」 「…香り?」 「その、男らしいというか、男くさいというか。大尉、いつもそういった香りがなさらないものですから―――――…あ、し、失礼いたしました!」 「いえいえ、気にしなくても良いですよ。私も年ですしねぇ」 まだ20代前半だというのに。 自嘲しながら、笑うしかなかった。 半ば原因に気付きつつもそう茶化して、ジェイドはそのまま扉を閉めた。 途端、表情は凍ったものに変わる。 あの男のにおいだ。 自身の軍服に鼻を近づけながら、珍しく、心底嫌そうな表情でジェイドは一人ごちた。 無体を強いただけでは飽き足らず、好ましくない類の残り香まで残してくれるとは……これはもう、性欲処理の相手である価値さえない。 一応、控えめな男性向けの香水を使用しているようだったが、ジェイドはこういった香りは好きではない。 ――――――…もしかすると、今まで相手をしてきた男も、こういう風ににおいをつけていったのかもしれませんね。 報告書を提出した後宮殿にも顔を出そうと考えていたのに、この状態であの人と会っては、何を勘違いされるか分かったものではない。 ジェイドはため息をつき、今日一日は宮殿には行かないようにしよう、と何故か思った。 next→[初めて見た表情] +反省+ |