[こっちを見て欲しい] 旦那の、ルークを見る目が優しいことに気付いたのは、つい最近のことだった。 まだ生まれて7年という事で、アニスを初めとした面々にからかわれたり苦笑を買ったりしていたルークは、最近急に大人びた顔をするようになった。 屋敷にいた頃は―――――…それこそ、お坊ちゃまで、世間知らずで、わがままで。 そうなるよう育てたのは俺だから、皆にそれを指摘される度、ルーク自身よりも心が痛んで肩身が狭く感じたりもして。 皆の反応が気になって、最近の俺は、まわりの観察をするようになっていた。 そんな折に発見した、旦那―――ジェイドの視線の行方は、意外でとても驚いた。 皆をいつもどこか高いところから傍観している、そんな節のあるあの冷めた眼差しが、ルークを見る時だけ変わるのだ。 敵を見る目も仲間を見る目も、変わらず冷めているジェイドの瞳。 鮮血の色をしたその瞳が、ルークを見ている時だけ、いやに優しい色を帯びてくる。 いとし子を眺める親のような――――…そんな慈しみに満ちたジェイドの瞳は、俺を驚かせるには十分すぎた。 しかも、皆はルークの方に目がいっていて、そんな旦那の変化には気付いていなくて。 そのせいなのだろう、旦那自身気付いてすらいないようだった。 「ルークには困ったものです」 さして困った風でもないジェイドの声で、俺は弾かれたように顔を上げた。 その反応で、俺が今まで考え事か何かをしていたと理解したのだろう、「珍しいですね、考え事なんて」と、やはり大して驚いていないような口調で呟いた。 ―――――ここは、ケテルブルク。 先ほど、ルークが店に忘れ物をしたというので、何だかんだで世話焼きらしいティアが店まで付いて行くことになり、その場…今日の宿であるケテルブルクホテルのロビーに残された面子は、暇を持て余していた。 アニスはナタリアと談笑しているから、必然的に話のかみ合わないであろう男性陣は男性陣で放っておかれる事になり、そうなると、俺とジェイドの旦那が、会話をする羽目になる。 唯一、このパーティーメンバーの中で大人と呼べる年代であるせいだろうか、仲が特別良い訳でもないのだが、旦那とはよく話をする。 俺との会話が案外気に入っているのかいないのか(いや、単に面白がっているだけなのかもしれない)、旦那は最近よく話しかけてくるのだ。 「―――――…ああ、忘れ物のことな。仕方ないだろう、一つのことに夢中になると、まわりが見えなくなる奴なんだから」 武器屋で、武器としては殆ど使い物にならないであろう、大きなナイフやらフォークやらという謎の武器を見て目を輝かせていた元主人を思い出して、俺は笑った。 ああいうところは、本当にまだ子供なんだ。 最近の大人びた――――…俺の知らないあの顔の影を忘れさせてくれるし、俺としてはあの無邪気な顔の方が断然お気に入りだった。 口先では困ったものだといいながらも、どうやら旦那も同意見なようで、笑う俺を見て、苦笑を浮かべていた。 「ええ……子供、ですからね」 「お、とうとう旦那も自分が父親だって認めたか?」 フォミクリー理論を考案、確立した博士でもあるジェイドは、その理論の果てに誕生したレプリカルーク…要は俺の親友の方のルークの生みの親ともいえる存在だった。 育てたのは俺だけど、ルークがレプリカと完全に判明して、そして髪を切ったルークと再会して暫くしてから、何かにつけてあいつを構うようになったジェイドは、何だか見ていて親みたいで。 あんまり優しい目をしているものだから、からかい半分で言った台詞だったのだが、途端、旦那はこちらを一瞬凝視して――――…よくは分からないが、どうやら驚いているらしく、数秒の間、言葉もなく立ち尽くしていた。 (旦那でも、こんな顔するんだ。) まるで人ではないような物言いだな、と申し訳なく思ったが、そう思っても仕方が無いくらい、こいつは食えない表情しかしないのだと、自己弁護する。 最年長という事や性格的な要因もあり、中々自分の内面を出そうとしない旦那は、皆とは一線を画している。 距離を、取りたがるのだ。 分かっていないルークは近付こうとするし、アニスは分かっているから入ってこない。 それらをうまくかわしたり付き合ったりしながら、これまで旦那は共に旅をしてきた。 唯一その綺麗な顔を崩したのは陛下と会話をする時くらいで、旅の仲間―――つまりは俺たちが、この顔を崩せた事はなかったのだ。 そんな旦那の珍しい顔を、俺はこれ幸いとばかりに観察する。 だがそんな間に、すぐに旦那はいつもの調子を取り戻したのだろう、くい、と眼鏡を持ち上げる仕草でその表情を隠してしまった。 「――――――…いやですねぇ、ガイ。私があんな出来の悪い子供を持っているとでも?認知だってしたくありませんよ」 「はは、手厳しいな」 言いながら外に目を向けるジェイドに合わせて、俺は頭をかきながら同じ方を見やる――――――…フリをしながら、ジェイドの表情を盗み見た。 銀世界を、それを視界に入れているのかいないのか分からないような目に映しながら、旦那は笑っていた。 きっと、その向こうにルークの姿でも思い浮かべているのだろう。 その瞳が、ナタリアやアニスが見たなら固まってしまうんじゃないかって位、優しくなっている。 自覚していないだけに、その顔は少しばかり、俺の心臓に悪い。 ルークのことを認めてくれている。慈しんでくれようとしている。 それがとても嬉しいのに、その瞳は別に目の前の俺を見ている訳ではなく、遠くのルークを見ている、その事実が、どういう訳かもどかしい。 ジェイドは、ルークを探している折に成り行きで行動を共にする事になった、マルクトの軍人で、十以上も年上で、食えない性格の、やたらと嫌味なおっさんだ。 鋭い事を――――時折、核心をつく一言を漏らし、仲間であろうと冷たく諌める、そして何処か人間離れした感情を持つ、冷酷な男。 その鉄面皮の下に一体どれだけ複雑な過去を持っているのかと、時折知りたくなるが、そこへは絶対に踏み込ませない。 最初は、それで構わなかったのだ。 俺にだって知られたくない過去の記憶がある。それをわざわざ話させるなんて、それこそ正真正銘の鬼畜野郎だ。 ジェイドが知ってる俺の過去は、結局は人づての客観的なものでしかなく、その時の俺の気持ちだとか、思いだとか、体験だとか、そういったものは知りえない。 それは、そのままジェイドにも当てはまる。 たとえ陛下などから過去を聞けたとしても、それは結局陛下の視点のものでジェイド自身の視点のものではなく、その時の旦那の気持ちなんてものは分からない。 それが当然で、それは簡単に教えてもらえるような軽々しいものではないのだから、知る必要も無いし知りたいと願ってもいけない。 だから、その鉄面皮の下に何を隠していようが、俺としては仲間として役に立ってくれれば―――――…否、ルークの力になってくれるなら、それで良かった。 だけど、それだけじゃ足りなくなった。 俺が育ててきた、甘ったれで、だけど内面はとても優しい、俺の親友であるルーク。 そのルークを認めてくれて、力を貸してくれて、嬉しいと思う反面、優しい眼差しを向けるのがルーク相手だけだという事が、俺をひどく苛立たせているらしいのだ。 分かっているからこそ、俺は俺自身が分からなくて、すっきりしない。 ――――――…こんなおっさんの何処がいいのかなんて、本当に俺には分からない。 肌がすごく白くて、黙っていれば綺麗な人だ、という事くらいしかいい所がないのだ。 綺麗なのは顔だけで、口を開けば冷たい言葉ばかり、ひとたび笑みを浮かべれば、それは仮面のように薄っぺらくて。 まぁ、だからこそ、そんな顔を崩してやりたいとか、その内面を知りたいと思ったのかもしれないが。 なぁ、旦那。 あんた、ルークの事考えてる時だけ、優しい目になってるの、気付いてるか? そう問いかけたら、ジェイドは驚くだろうか。 驚いて、またこちらを見てくれるだろうか? 俺はそう思って口を開きかけたけど、丁度図ったかのようなタイミングでルークたちが帰って来たので、結局それは聞けずじまいになって。 そして、また鉄の仮面を被ってルークへと向かったジェイドを見て、こっそり溜息を付いた。 さっきの目の方が、俺個人としては好きなのになぁ。 +反省+ |