[うさぎ、乱入] 「はぁ…ようやく終わったか」 「お疲れ様です、陛下」 わたしの長い耳は、遠くのものまでよく聞こえる。 かつかつという規則的な音とぺたぺたという聞きなれた音とその音の主の声が、段々とわたしのいる部屋に迫ってきているのが聞こえてきて、わたしは何となく落ち着かなかった。 やがてがちゃりと扉を開けて入ってきたのは、わたしの予測したとおり、へいかとへいかの『懐刀』、わたしと同じなまえを持つじぇいどだ。 「良い子でお留守番してたか?――――うん、そうかそうか。偉いぞ」 こくりと頷いてみせると、へいかはにっこりと笑ってわたしの頭をぐりぐりと撫でる。 わたしはそんなへいかの所作を甘んじて受け入れながら、ちらりとじぇいどの方を見やった。 するとじぇいども、へいかとは違う印象ながらにわずかに笑いかけて、くちびるだけで「よく我慢しましたね」と言ったようにみえた。 じぇいどの予告した通り、本当に数日―――それも、ぴったり二日で終わった。 他の大臣たちが「あと三日程ですから」などと予告しても、本当に三日で終わったためしなどない。 会議は往々にして長引き、案は修正に修正を重ね、三日で終わる筈のものが一週間、二週間かかることなどよくある事だった。 だからわたしはひとの言う期間の二倍以上を考慮に入れて考えるようにしていたのだが、じぇいどは言った事は本当にするひとらしい。 またひとつ、じぇいどというひとのすごさを知った。 今日こそはへいかと一緒に眠れるかもしれない。 そんな事を考えていたのだが、しかし不思議なことに、わたしの寝床はいつもと違う場所においてあって、驚いた。 理由があるのだろうと考えてとりあえずわたしはすなおに移動している寝床にはいったのだけれど、どうも落ち着かない。 しかしそれでもからだはさんぽやぶうさぎたちの相手で疲れていたようで、結局不平を言う前に眠ってしまったらしかった。 『―――――…』 暗い。 眠ってしまったときは明るかったのだけど――――わたしが眠っている事に気づいた誰かが、消してしまったのだろう。 もしくは、もう深夜に近いのか、明け方に近いのか。 …いや、朝の『匂い』はしないから、きっと夜が明けるのはもっとずっと先のことだ。 しかしわたしが眠っていた時間は決して短いものではなかったから、恐らくは深夜。 今の時間となると、へいかも眠っている頃だ。 眠っているうちに部屋に入ってしまって、へいかを驚かせてもいいかもしれない。 そんなことを画策したわたしは、寝床であるばすけっとから降りると、そろりと歩き出した。 元より、わたしの足音はとても静かで、ぶうさぎの耳が時折ぴくりと動く程度の音しかしない。 それでもとても注意しながら歩き、奥の部屋―――へいかの寝室を目指す。 たてつけの良い扉は音も立てずに開き、いつもと違う行動をとっているせいか高鳴る胸を押さえながら、わたしはべっどの方を見上げた。 『!』 ごそり、と、べっどの上の塊が動いて、わたしは驚いて固まる。 だが寝返りを打っただけらしくて、だらりとたれた腕がべっどの脇からはみ出しただけで動きは止まった。 が、すぐにそのはみ出した腕がおかしいことに気づく。 (……しろい?) ひじあたりまでが毛布からはみ出てしまっている腕は、明らかにへいかのものではなかった。 白くて、この暗い室内だと、まるで雪みたいに見えるし―――なにより細い。 びっくりしてその腕を凝視していたら、枕のあたりから、金髪―――ではなく、わたしと同じ色の髪がはらりと垂れた。 『――――――』 「………」 わたしと同じあかい目。 いつもはめがね越しのその目が、わたしを捉えた途端まん丸くなる。 陛下のべっどに寝ていたのは、なんとじぇいどだったのだ。 その上、うわ掛けの取れてしまった肩は裸。 …寒くないのだろうか。 わたしがなんとはなしに考えていると、驚いているじぇいどの肩を見慣れた腕がさらっていく。 こっちは、見慣れたへいかの腕だとすぐに分かった。 「腕が出てるじゃないか。風邪引くぞ」 苦笑して、出てしまっていた腕も引き上げてしまって、わたしに話しかけるときとはまた別種の声音で、じぇいどに語りかけている。 だが、じぇいどの方はわたしの存在に驚いてしまっているので、へいかの言葉にはほとんど反応できていない。 寝ぼけているのか――――へいか、と呟く声もなんだかいつもより覇気がなくて、ぼんやりとしている。 「―――――っ、ちょっと、待ってください陛下」 何やらべっどの上がもぞもぞと動いて、焦った風なじぇいどの声が聞こえてくる。 その声に応じるように、どうやら奥の方にもぐりこんでいたらしいへいかが不満げな様子で顔を覗かせた。 「なんだ、無粋な奴め」 「…………その台詞を右側の床を見ても言えるようでしたら、お相手いたしましょう」 苦笑を浮かべて、じぇいどはわたしの方をちらりと見やる。 「…………………………」 …と、ここでようやく、へいかはわたしの存在に気づいたらしかった。 眉を寄せてじぇいどを見ていたあおい目が、じぇいどと同じようにわたしを捉えた瞬間、丸くなっていく。 わたしは、わたしを見たまま固まって言葉を発さないへいかを見ながら、以前がいからもらった「ぶるーはわい」とかいう、 甘いことしか分からない謎の飴と今のへいかの目がよく似ているな、などと、とりとめのないことを考えていた。 「さあ、分かったら貴方が放り投げた私の服を拾ってくださいませんか?」 何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべて、さいどぼーどのめがねを取るじぇいどの顔は、晴れやかというか、ほっとしている ようにみえたが――――にんげんの事情に疎いわたしには、結局何をしていたのか意味が全く分からなかった。 ちなみにこの後、幸運にもわたしはばすけっとではなく、じぇいどとへいかに挟まれて眠ることが許された。 少し苦い匂いがしたが、じぇいどのほうに擦り寄ったら香水の良い香りに誤魔化されて、すぐに意識は落ちていった。 とりはからってくれたじぇいどには、深く感謝したい。 +反省+ |