[うさぎの独寝] 近頃、へいかはなにやら忙しいようだ。 待っているうちに眠ってしまい、気づいたら朝になっていて、べっどが既に冷たくなっているという日々が長く続いているから――――――本当に忙しいに違いない。 へいかは大抵寝室の窓辺に置いてあるわたしが寝るためのばすけっとを、すぐ傍まで寄せてくれたりする程わたしを気にかけてくれているから、ばすけっとが眠っている間に動いていないときは 、大抵へいかの睡眠時間が極端に短いか、あるいはひとりで寝たい時だけ。 今の状況からして、わたしは前者なのだろうとあたりをつけていた。 ちなみに、寝る場所がばすけっとに限定されているのは、わたしの為らしい。 ぶうさぎはべっどにあげる事もあるけれど、わたしの場合はからだが小さすぎるから潰してしまわないように、という配慮によるものらしいのだが。 別にぶうさぎが羨ましい訳ではない。 ともかく、普段よく構ってくれていたからこそ、近頃のわたしは少々心安らかではないのだ。 寂しいという訳ではない。 きっと、普段の生活と違うから、落ち着かないだけなのだ。 こんな日々になったのは、わたしと同じ名前の兵士――――じぇいどが帰ってきてしばらくしてからだった。 何か大切な任務があって長く首都を離れていたらしいじぇいどは、めいどや他の兵士の話を聞いてみると、どうやらへいかの腹心中の腹心らしいということが分かった。 確か、『懐刀』といっただろうか。 そして事実、その言葉に偽りはない。 こっそりと謁見の間に紛れ込んでへいかとじぇいどの様子を覗きに行った時にみえた、椅子に座るへいかとその横で微動だにせずに立っているじぇいどの姿は、まさに皇帝とその腹心の名に相応しい、堂々たるものだった。 世の中のことは良く分からないし政治のこともよくは分からないけれど、施政者としてあれほど頼もしい雰囲気はないし、時折見るじぇいどの仕事姿も、とても頼りになる感じがする。 確かに、時々わたしの世話係も兼任しているがいをからかっているようだけれど、それ以外はとても真面目だ。 「おや」 柱の影からじぇいどを観察していたら、どうやらわたしの所在がじぇいどに知れてしまったらしい。 わたしに視線を合わせて意外そうな顔をしたじぇいどは、それまで兵士としていた会話を中断して持っていた書類をその兵士に託して、すたすたと歩いてくる。 仕事はしなくていいのだろうか。 いや、ここ数日観察していて確信したが、じぇいどは恐ろしく仕事が速いから、もしかすると今の一件で大体片付いたのかもしれない。 わたしがどうしたものかと柱に隠れたまま考え込んでいると、じぇいどは初めて会ったときのように、わたしの視線に合わせてしゃがんだ。 「こんな所で何をしているのですか?」 『………』 「ああ、答えられないんでしたね。」 ほぼ人の形をしているから失念していました、と苦笑を浮かべて、なおもじぇいどはわたしを見ている。 わたしに話しかけている姿を見かけた兵士の何人かが、顔色を悪くしたり赤くしたり色々な反応を示して走り去っていくけれど、じぇいどは気にも留めていない。 ふむ、と顎に手を当てて何事かを考えていたかと思うと、じぇいどは唐突に、 「もしかして、陛下が構ってくれないから、外を出歩いて時間を潰しているのですか?」 『!』 いきなり事実を言い当てられて、わたしは驚いて耳をぴんと立てた。 分かりやすい反応ですね、と笑ったじぇいどは、その事情について少しだけ教えてくれる。 「寂しい思いをさせてしまってすいませんねぇ。丁度、議会で立案承認予定の重要案件が立て込んでいるものですから―――――陛下は恐らく、あと数日はろくに寝られない日が続くと思いますよ」 『……数日』 べっどが冷たいのは、早起きしているからではなかったらしい。 睡眠時間自体極端に少ないのだという事、本当に仕事が忙しいことを知らされて、わたしは妙に納得した。 そしてほどなく、じぇいど自身も随分やつれていることに気が付いた。 帰還した時もどこかくたびれているように見えたけれど、今はそれとは別種の疲労がにじみ出ている。 目の下もどこか暗い色をしているし、目を瞑る時間が普通の人よりも少し長い。 へいかは、と言いながらも、じぇいどもろくに寝れていないに違いない。 「議会の皆さんが駄々をこねなければ明後日には終わりますから。あと少しの辛抱ですよ」 言って、一体いつのまに出したのだろう―――――飴をわたしの手の上に落とすと、それでは、と立ち上がって行ってしまった。 思わず落とされた飴の包み紙を見ると、あかいくだもの―――いちごの絵柄が確認できた。 それに、はなを近づけると僅かにみるくの匂いがする。 どうやら、これはいちごみるくの飴らしい。 わたしが比較的好んで食べている菓子を、一体どこで知ったのだろう。 それに、あんな大人のひとがもっているもののようには到底思えない。 とても不釣合いだ。 驚いて思わず後姿を探してみたが、随分足が速いらしいじぇいどの姿は既に消えていた。 包み紙をひとりではあけられないので、ひとまずあけてもらおうとひとを探していたら、丁度ぶうさぎを連れてへいかの私室に向かっているところらしいがいと出くわした。 飴をもったわたしをみるなり、何をしたいのかが分かったようで、「貸してごらん」とぶうさぎたちを器用におさえながら飴を受け取る。 かさかさと音を立てて飴を出すと、そのままわたしの口の中に放ってくれた。 「―――――しかし、一体誰からもらったんだ?イチゴミルクの飴なんて、それこそお前の好みを知ってる陛下くらいしか用意してないだろうに」 そのまま、わたしをぶうさぎの一頭に乗せてまた私室に向かって歩き出したがいは、不思議そうに首を傾げた。 わたしもじぇいどからもらった、と伝えたいのは山々だけれど、生憎と言葉が通じない。 「……ありえるとすれば、甘党の奴か」 『…』 「………まさか、お前ジェイドからもらったんじゃないだろうな」 頷いてみると、若干がいの顔色が悪くなった気がした。 「――――――似合わねぇ!!」 一瞬別の思考に―――何か違う方向での心配をしたようだったが、すぐに違うと気を取り直したがいは、しかしその数秒の後、笑い出した。 確かに、わたしもあのじぇいどには似合わない食べ物だと思ったけれど。 「いや、まぁ、良かったな。たまたまだろうが、好きなものがもらえて。―――――あのおっさん、子供と動物にはそれなりに優しいみたいだから、妙な心配はいらないぞ」 『?』 「………いや、こっちの話だ。」 妙な心配とはなんだろうと思ったが、すぐにがいは話をやめてしまったし、部屋に到着してしまったので、その話の真相はうやむやになってしまった。 「さて。俺も別の仕事があるから――――部屋でブウサギと一緒に遊んでてくれ。おやつの時間までには帰ってくるからな」 いそいそと、部屋に置いてあった何枚かの書類を片手に、がいは慌しく出て行く。 へいかやじぇいど程ではないようだが、がいもそれなりに忙しいようだ。 宮殿内の慌しい空気をなんとなく察しつつあったわたしは、こういう時くらいは協力してやろう、と、ひとまずみんなの忙しさが落ち着くまでは、大人しくていようと思った。 わたしは元来、さほど堪え性のある性格ではないけれど――――物分りは悪くないつもりだ。 へいかたちがしている仕事が、まるくと帝国という国家の存続のためには、とても大切な仕事なのだ。 それが分かっているから、少々不満でもやはり文句は言えない。 へいかは、うさぎに過ぎないわたしには想像もつかないくらい、重い責任を背負っているのだ。 しかしそこまで分かっていても、不満なのは事実だ。 かり、と飴を強くかんで小さくしながら、わたしは顔をしかめる。 この落ち着かない日々が早く終わればいい。 そんなことをぼんやりと考えながら、わたしはひとまずぶうさぎにつぶされない場所に移動して、あらためて、残ったわずかな飴を堪能した。 +反省+ |