[うさぎと皇帝] ※巷で密かなブームのうさじぇ(笑) まるくと帝国の宮殿は、とても大きい。 それまで檻越しの、すべてが縦じまな世界しか知らなかったわたしにとっては、比較対象が見つからないくらい。 檻の中からわたしを出したのは、どうやらこの宮殿の主――――いわゆる王さま、というやつだったようで、今わたしは、生まれてからこれまでの生活とはまったくかけ離れた、破格の待遇をうけている。 だけど、それでも不満はあるものだ。 「―――――…ジェイドが暴れる?」 いい加減に仕事をしてください、と周囲に口を揃えて言われて、最近飼い始めたうさぎの元を離れて仕事をしていたピオニーの元にその一報が届けられたのは、午後のお茶の時間の少し前の事だった。 つい数週間前、非合法組織が研究者を雇って、知能指数が異常に高い動物を実験的に「作って」いるという情報を聞いたピオニーは、利用目的はともあれ、動物愛護の精神に反するだろうとその組織の摘発を指示した。 そこで飼われていたのが、かのうさぎ―――ジェイドだったのだ。 殺してしまえばばれないとでも思ったのだろう、ジェイドを残して他の動物達は皆無残に殺されてしまっていた。 後から回収した資料によると、この動物達は貴族の愛玩用にと開発されていたものらしく、姿はいずれも人間の子どもに耳やしっっぽが生えていたり、手が獣化しているような、異形の姿で。 そんな中で唯一名を持っていた「ジェイド」はかなりの成功作らしく、字こそ書けないが簡単なテストをしたら恐ろしいまでの知能指数を示したのだそうだ。 さすがにそんな動物―――しかもマニアが好みそうな異様な外見だ―――を市井に放り投げる訳にはいかないだろう、と、ピオニーが飼うことにしたのだ。 ―――――そんな境遇だった為、人間嫌いらしいジェイドを宥めながら、暫くピオニーが一人で世話をしていた。 何とかピオニーを見ても威嚇しなくなったという事で、そろそろ仕事をと言われ、仕方なしに世話をメイドに任せて執務室へと篭ったのだが―――――半日もしないうちにこの様とは。 「メイドなら、何度かあいつも見たことがあるし、任せても大丈夫だと思ったんだが…何か思い当たる原因はあるか?」 ペンを置いて、書類を睨んでいた為に疲れているらしい目元を指で揉みながら、ピオニーは何の気なしに尋ねる。 だが皆顔を見合わせて、分からないとばかりに首を振った。 「……分かった、じゃあこれだけ終わらせたら部屋に戻ろう」 「宜しくお願いします」 彼らも人間並みかそれ以上の頭脳という事で、ジェイドをどう扱っていいのか分からないのだろう。 揃って困惑した表情で部屋を出て行った。 実際の所、ピオニー自身もジェイドの扱いに関しては、未だに手探り状態だ。 元々そういうタイプなのか、それとも「うさぎ」がベースだからなのか、ジェイドは何に対しても無表情で、何をされたら嬉しいのか、嫌なのか、よく分からない。 子どものような姿をしているのに笑うことなどなく、無表情なまま大暴れをする事だってある。 喜怒哀楽が、とにかく分かりづらいのだ。 だから、メイドたちがお手上げだといっても、ピオニーにだってお手上げの可能性だってある。 それでも何だかんだであのうさぎが気に入り始めている彼は、自然とサインする手を早めていた。 ―――――わたしは毎日、わたしの飼い主である「へいか」の傍にいた。 最初はなんだか嫌なおとこだと思っていたけれど、案外気のきいた人物だと分かると、段々へいかが気に入ってきて。 だけど、そんな折に、どういう訳かあおい服の人やら何やら、とりあえず人間がいっぱい部屋に入ってきて、へいかがわたしを置いて「しごと」に行ってしまったのだ。 王さまというのは、人の集まりである「国」…ここではまるくと帝国にあたるのだろうが、そこを平和につつがなく治める為に、色々なしごとをしなければならない。 ずっとわたしに構っていたからそのしごとが溜まってきて、どうにもならなくなったのだろう。 それが理解できないわたしではないのだけれど、でも、わたしの世話までめいどに任せるのは、納得いかなかった。 ぶらっしんぐは下手で痛いし、わたしが何を求めているのかいまいちわかっていない。 その上わたしが大人しいのを知ると、雑談を始めるのだから、使用人としては失格ではないか。 へいかなら、わたしの意図を正確に理解してくれるし、ぶらっしんぐだってすごく丁寧なのに。 どうして、こんな人たちにわたしを任せるのだろう。 どうして、傍にいないのだろう。 なんだか苛々してきたわたしは、とりあえずあたりのものを投げたり蹴ったりすることで、その不満を表したのだ。 どすん、ばたん! あの、腕にすっぽりと収まってしまう小さなうさぎの立てている音だとは到底思えない、物凄い音が廊下にまで響いている。 事情を知らない兵などが訝しげな眼差しでその部屋の扉を眺めているのにも頓着せず、ピオニーは半ば駆け足でその扉を目指した。 「ジェイド!どうした――――…」 「陛下!」 助かった、といわんばかりのメイドの声。 さて、どんな惨状なのかと部屋を見渡せば―――――…やはり予想通り、部屋の調度品は殆ど滅茶苦茶にされてしまっているのが確認できた。 そして、大暴れのジェイドはといえば。 「…………え、あら?」 自分で破ったのだろう、羽の飛び出したクッションを頭から被ったまま、何故かジェイドは行動を停止させていた。 メイドも行動がいきなり止むとは思ってもいなかったらしく、困惑した様子でジェイドを見ている。 しかし…大暴れはひとまず収まったのだ。 原因も対策も分からないままだが、とりあえずクッションの羽まみれな上に大暴れしたせいで傷だらけになっているジェイドを何とかしなければ、と、ピオニーはゆっくりとジェイドに近付いていき、 ひょいと軽く抱き上げてやる。 自分でもよくないことをしたという自覚はあるのだろう、途端にジェイドが引き取った当時のように身体を固くしたのを感じて、ピオニーは苦笑した。 「おー、ジェイド。半日ぶりだな」 『…………』 そもそもうさぎに喋るという能力はない。 声をかけた所で返事をするわけでもないのだが、とりあえずピオニーは声をかけるのを習慣にしていた。 それでも何となくそれで身体から力が抜けたようにみえるうさぎの頭についた羽を払ってやりながら、ピオニーはメイドに退室を命じて、「どうしたんだ、一体?」とうさぎ本人に尋ねてみる。 勿論、答えはないが。 しかし人間の言葉が理解できない訳ではないうさぎは、(あくまでピオニーの主観だが)きまりわるそうな顔をして、ぷいっと顔を逸らしてしまった。 「うーん…まさか俺がいなくて寂しかったのか?―――――なんて……」 ピオニーが冗談交じりにそう呟いてすぐに否定しようとすると、ジェイドは何故か目を見開いた。 初めてみる感情の表れにピオニーが目を丸くしていると、ジェイドは今度はその目から逃れるように、ぼす、と音を立ててピオニーの胸に顔を埋めてしまう。 何となく、顔を押し付けられている箇所から伝わってくる体温が高くなっているような。 これは、まさか図星という事だろうか。 意外な感情表現の仕方を知って、ピオニーの胸には困惑と奇妙な嬉しさが広がっていく。 「………………」 『…………』 「………分かった。今度からは隣の部屋で仕事してやるから、暴れるのはもうナシな」 自分の行動の意味を的確に捉えられてしまったのが悔しかったのか、恥ずかしかったのか。 ピオニーの言葉を聞くなり、怒ったようにジェイドが腕から逃げ出してしまったが――――それでもその後のピオニーのからかい混じりの視線から逃れることはできなかった。 +反省+ |