[年の差C] 片付けられない男。 先月即位したばかりのピオニー9世陛下は、国民に対する別け隔てない態度と優れた施政力から、早くも人気が出始めていた。 元より議会にも信望者が多く、果ては軍内でも「あの方に従っていれば間違いはない」と言う者がいる。 それだけ、今までの皇帝達に辛酸を舐めさせられてきた…といった見方もできるが、そうだとしても信頼が厚いのは悪い事ではないだろう。 しかし、毎日のように愛の手紙やらプレゼントやらが届くものだから、部屋が狭くて仕方がない。 もともと整理整頓が苦手なピオニーは、執務と同時進行なんていう器用な真似などできない人間なのだ。 おかげで、メイド達も悲鳴をあげる程に、部屋が汚くなってきつつあった。 「―――――捨てましょう、全部。」 これは男手も必要だろう、という事で呼び出された男手―――ジェイドは、部屋に入ってその惨状を見るや否や、にべもなくそう言い放った。 男手、と期待するには、軍人という職業と17という年の割に細身過ぎる彼は、少々頼りない感が否めない。 だが、わざわざ軍本部に掛け合って名指しで彼を指名したのはピオニー自身であった為に、メイド達は意見する事もできず、ただ口を閉ざすしかなかった。 はっきりと「捨てる」と判断したジェイドに、ピオニーはどういう訳か素直にそれに納得して了承すると、じゃあ頼んだ、と諸手を離した。 「すまんなお前達。もう仕事に戻っていいぞ、後はこいつに任せるから」 「え?は、はい」 てきぱきと片付けを始めたジェイドの横で所在なさげに立ち尽くしていた二人のメイドにそう声をかけると、彼も自分の執務に戻ってしまった。 日中は殆どの時間が明るく、滝の音も途切れることなく聞こえる為に、執務中というのは時間の経過が分からない。 しかし、気付かない内に結構な時間が経ったのだろう―――ふと顔を上げると、身長程まで積み上げられ、執務机にたどり着くにも迷路のような状態で大変だった室内は、黙々と荷物を片付けるジェイドの姿が確認できる程にまですっきりしてきていた。 前髪が少し長く、顔に影を作っている彼は、仕事の手を止めてじっと見つめているピオニーにも気付かず、ただ手を動かし続けている。 それはとても機械的な動作で、綺麗にラッピングされている箱のリボンを取り、包装紙を静かに取ったかと思うと、送られた本人の了承も関係なく中を確認し、捨てたり、使えそうなものや手紙のようなものだけを選り分けていく。 何処か手馴れたその所作は、綺麗好きの彼らしいものだった。 彼は知らないと思うが、実は、ピオニーはグランコクマに戻った後、彼の年の離れた姉・ネフリーに頼み、定期的にジェイドの様子を教えてもらっていたのだ。 手紙の中で、ピオニーはいつも彼の成長を知ってきた。 思春期に入るなり部屋の掃除は自分でやるようになり、どうやら整頓好きだったらしい、という事。 書物が好きで、部屋の床が抜けるんじゃないかという程の蔵書があるという事。 とっつきづらい印象だというのに、女の子に大人気で、頻繁に告白されているらしい、という事。 成長期になったら途端に身長が伸びて、あっという間に170を越えてしまったという事。 幼い頃とは似ても似つかない、一見すると冷たそうで可愛さの欠片も残していないジェイドだったが、しかし時折、ピオニーも覚えている仕草をする事がある。 単調な作業だと、人間誰しもあくびの一つや二つは出るもの。 ジェイドは、そのあくびを手で隠した後、涙の出る出ないに関わらず目を軽く擦る癖があるのだ。 少し観察していて気付いたのだが、ジェイドは今も、あくびの後に紅の瞳を細め、こしこしと軽く擦っている。 早くも軍人としての力の強さに畏怖され始めていると聞くカーティス二等兵が、まさかこんな愛らしい仕草をする事があるなんて、軍の者はおろか、養家の親でさえ知らないに違いない。 (あ、まただ) ふあ、と、こちらが見ていないとでも思っているのか、17の少年らしい幼げな表情であくびをしている。 それだけでも鼻血ものなのだが、顔を僅かに傾けて目を擦る姿など見せられた日には、幼い頃の愛らしかった彼以上に、胸が詰まる。 こう、思わず襲いたくなるような―――――そんな邪な感情も湧き上がってくるせいかもしれない。 すっかりインクが染みになって提出できなくなっている書類にも気付かず、ピオニーは何とかその衝動を抑えつつ、ジェイドの片付ける姿を観察し続けていた。 +反省+ |