[年の差@〜B] ※一括表示です。 ――――――最後に見た姿は、滅多に見る事のなかった泣き顔だった。 当時4歳だったという年齢から考えたら、そう珍しい顔でもなかったのだろうが、あいつは同じ年頃の子どもとは比べようもない位、生意気で頭の切れる子どもだったのだ。 泣き顔はおろか、笑った顔も数える程度しか見たことがない……というより、顔を変化させる事自体が稀だった。 そんな子どもが、いざ俺がグランコクマに戻る事になった時に、ポロリと涙をこぼしたものだから、不覚にも動揺してしまった。 自分は、そんなに懐かれる程うまい付き合い方をしていたとは思っていなかったから。 同じ年の子と話が合わないのだろう、いつも一人でいたのでよく声をかけていた記憶はあるものの、剣もほろろ、といった感じで相手にされていなかったのだ。 いつか、何かの形で再会できると思うから―――――そんな感じの事を言って、必死に宥めたものだった。 「―――――…ジェイド、だって?」 あれからもう13年近く経って、当時20歳そこそこだった彼は皇帝の座についていた。 ケテルブルクでの長年に渡る軟禁生活からは考えられないくらい、忙しくて充実した日々を送っている。 あの街での記憶は、あの子ども―――ジェイドとのやりとり以外では、時が止まっているようで変化がなく、正直あまり良いものではなかった。 それだけに、今国を変える事のできる立場にいるというのは、自身の国のあり方や国民への思いなどを実現する上ではとても嬉しいものだった。 ただ、そんな日々を送っている中でも、ケテルブルクでの別れの時に泣いていた幼いジェイドの姿が、時折脳裏を掠めた。 当時から天才と騒がれ、同じ年の子どもからも、そして大人たちからも遠巻きにされていたジェイド。 あいつは、まだケテルブルクにいるのだろうか。 それとも、どこかの研究所で研究に勤しんでいるのだろうか―――――… そんな折に彼、ピオニーの耳に飛び込んできたのが、名前だけが同じ、新入りの兵の話だったのだ。 彼が訪ね返したのに驚いたアスランが、それでも何とか気を取り直しその名を復唱する。 「―――はい。ジェイド・カーティスという名ですが…それが何か?」 「いや、それ、新入り…の兵、なんだよな」 剣を持つあの子どもの姿なんて、全く想像できない。 当時の姿しか知らないが、成長してもたくましくなるような体つきではなかった筈だ。 同じ名前の、別の人間に違いない。 そうは思うものの、アスランがその名を言う度に、ピオニーの中の何かが訴えかけてくる。 「軍の規定年齢には達しているのですが、運動能力は基準ギリギリ。ですが、研究などで今後役に立つ可能性があるという事で、採用いたしました。本日午後、他41名を含めてお目通り願います」 連絡事項を告げてしまうと、これから忙しくなるのであろう、こちらの返事を聞くなり早々にアスランは退室してしまった。 マルクトでは、着任式が年に4回あり、そのいずれにも皇帝が出席する事になっている。 今年2回目となる今回の着任式の人数は少ない方ではあるのだが、どういうわけかピオニーは妙に緊張していた。 やはり、あのジェイドか? 聞いた話では、カーティス家には子どもがおらず、何処からか養子を取って、適性はともかくと軍に入るようその子どもに勧めたという。 研究は好きなようだったが、元から何事に対しても欲のなかった子どもだし、言われれば職業すら言うとおりにしてしまいそうだ。 益々確信を深めながら、ピオニーは着任式の行われる中庭へと出て行った。 「――――――…以上42名、本日よりマルクト軍の各部門に配属となります」 朗々と、事務的な事項を読み上げるアスランを見る。 集まった新入りの兵は、しかし実際には41名しかいない。 何故かといえば、一番注目していたジェイド・カーティスが現れなかったからだ。 そんなに時間にルーズなようには見えなかったのですが―――…と、アスランが首を傾げていたのを思い出しながら、ピオニーは落ち着かない様子で、着任式が終わるのを今か今かと待ち続けていた。 年の差A 「〜〜〜〜終わったな?!」 最後の言葉を述べ終わるか終わらないかというところで、とうとう堪えきれなくなったピオニーは、がたんと椅子から立ち上がった。 その乱雑な所作に、傍に控えていたノルドハイムやゼーゼマンは驚き、宥めようと近づく。 「どうされました、陛下」 「ジェイドを探しに行く。何処かでいじめられてるかも知れないだろう」 「捜索ならば我々にお任せを。たかが新兵の捜索に皇帝が乗り出すなどと、聞いたことがありませんぞ?」 まだ顔も見た事のない兵相手にここまで焦れるとは――――その場にいた皆が目を丸くするのも構わず、ピオニーは慌しく本部へと向かって行ってしまった。 ――――――一方、同時刻の軍本部。 そこでは、ある意味ピオニーの予想通り、着任式に出席する筈であった42人目の新兵ジェイド・カーティスが、数人の兵に囲まれていた。 「基準ギリギリで、よくもまぁ―――――…。1つや2つは見逃されてるんじゃないのか?」 「しかも年齢も、だろ。その童顔じゃ、年齢もさば読んでそうだな?」 「……………」 養家の親に軍に入る事を勧められ、そのまま入ってみたら、この様。 内心、彼――――ジェイドは、早くも軍を辞めたい気分になっていた。 自分の意思は関係なしに進められていた養子になるという話を聞かされた時、ジェイドは自身の事ながら特に何かを思う事はなかった。 家族というのは結局子どもを扶養するシステムでしかないと考えていたし、実際生みの親はジェイドに食事と住環境は与えたが、愛情は与えなかった。 それは新しい扶養システムであったカーティス家でも同じであったが、子どもに職業選択の自由を与えないという点のみでは、まだ元の家の方が良かったかもしれない。 その程度の事だった。 だが、それでもこの話に素直に乗ってみせたのは、カーティスの屋敷がグランコクマにあるからだった。 グランコクマには、慕った相手――――…ピオニーがいる。 もしかしたら、運良く彼と再会できるかもしれない。 王族だというのなら、軍に入ればもっと確率は高くなる。 彼にしては珍しく、そんな浅はかな希望を抱いて、こうして養親に言われるまま軍人の道を選んだのだ。 しかし―――――…。 軍というのが、ここまで低俗な場所だとは思いもしなかった。 舌打ちを隠そうともせずに、ジェイドは紅い瞳で兵たちを睨み上げた。 「―っ」 「そんなに疑うなら、実際に見てみたら?」 一瞬のうちに叩きのめす自信があっての発言だった。 ここで槍で一突きして間合いを取り、譜術の一つでも食らわせてやれば、あるいはこの男達の口も静かになるだろう―――――そう思って、挑発しながら詠唱を開始したその時、懐かしい声が割って入った。 「そこで何をしている!?」 「――――…陛下!!?」 「なっ…何故このような所に…!」 黄金色の髪を乱してこちらへと歩み寄ってきたのは、10年以上も顔を見ていなかったピオニーだった。 彼の方も気付いたのだろうか、ジェイドを見た瞬間顔色を変えたが、まずはこの男達を何とかしなければと思ったのだろう、厳しい眼差しのままその場の者達を見据える。 「………し、失礼いたします!!」 分が悪いと判断したのか、周りを囲んでいた兵は蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、その場にはジェイドとピオニーの二人が残された。 急に静かになったその空間でピオニーはようやくジェイドへと視線を向け、相貌を崩す。 「やっぱりお前だったか。――――大きくなったなあ、ジェイド」 「…………覚えて…」 「そりゃ、グランコクマに戻る時にあれだけ泣かれたら、嫌でも覚えてるだろう」 「!!」 掘り出されたくもない幼少の頃の話を出されて、それまで涼やかだったジェイドの頬に、さっと朱が走る。 その様子を見てからからと機嫌よく笑ったかと思うと、ピオニーは大股で近づいてきて、ジェイドを抱きしめる。 「怖かっただろう?」 「―――いいえ。腹立たしいとは思いましたが、特には」 「嘘をつけ、ガキが。」 僅かに戦慄いている唇を見て、ピオニーは落ち着かせるかのように額にキスをした。 「それで、俺に何か言う事は?」 言われて、弾かれたように顔を上げると、ジェイドはそこで初めて小さく微笑む。 「…お久しぶりです。」 ぽすんと音を立ててピオニーの胸に体重を預け、彼は囁くようにそう告げた。 そして、会いたかった、と聞こえないくらいに小さな声で言うと、恥ずかしさから一層その胸に顔を埋めていった。 年の差B 「陛下、セクハラです。」 少年とも青年ともつかない青い軍服の人物が、憮然とした顔で皇帝を睨みつけた。 まだ即位して間もない皇帝陛下が新入りの兵をいたくお気に召したらしいという噂は、あっという間に宮殿中に広まっていき、今ではジェイドが宮殿を歩くたびにひそひそと声が上がる程になってしまった。 その上、当の皇帝は「いいじゃないか、真実だし」と笑って、堂々とべたべたとくっついてくるようになってきている。 今日も、ただ追加書類を届けに来ただけだというのに、一向に退室を許してもらえずにセクハラ――――妙にスキンシップを求められている。 それが尻にまて手が伸びてきたので、さすがに耐えられなくなったジェイドはその手を叩き落したのだが。 それでも、この状況は一向に打開されてはいない。 「まーまー、俺だってむさい奴らにばっかり囲まれて疲れてるんだ。お前に癒しを求めるのは仕方ないだろうに」 「こういう事は女性にしたらどうなんですか!」 とうとう彼の愛するペットよろしく膝にかかえ上げられてしまったジェイドは、慌てて離れようともがく。 実際、こうして昔と変わらない態度で接してくれて、しかも構ってくれるというのは嬉しい事なのだが――――――幼少の頃ならともかく、17になった今では、もし誰かに見られたらと思うと恥ずかしくてしょうがない。 世継ぎ問題が囁かれているのを知っているジェイドは、ここぞとばかりにその話題でピオニーを遠ざけようとするのだが、全く効いていないようだった。 「あ〜…あの頃は大人しく収まって絵本読んでたのになぁ」 「2歳の時の話ですよ、それ」 絵本、なんていうものは2歳のはじめくらいで卒業し、それ以降は私塾で使っているという教科書や学術書が、ジェイドの愛読書となっていた。 そんな昔の話題を持ち出されて、恥ずかしさといたたまれなさから顔を逸らしていたのだが、何を思ったのだろう、背中から抱きしめていたのをくるりと反転させられ、向かい合うような形にされる。 何事だろう、とジェイドが無意識に首を傾げてピオニーの顔を窺うと、何故か軽くキスされた。 「ほんと、俺好みに育ったなぁ……」 しみじみと、冗談とも本気ともつかない台詞を零しながら、やはり彼のペットのように、ぎゅっと抱きしめられる。 正面からそれをされる分、何だかさっきよりも恥ずかしい。 「…何、訳の分からない事言ってるんですか」 ようやくそれだけを返すが、少しだけ身体を離した途端目に入ったピオニーの瞳を見て、固まってしまう。 その瞳は、やけにぎらぎらと輝いていたのだ。 「言葉のまんまだよ」 「―――――…!」 また、キスをされた。 今度は先ほどの挨拶のような軽いものではなく、噛み付くように激しいもの。 それで、大体の意味を悟ったジェイドは、ようやく顔色を変えた。 「あん時は犯罪だよなーと思って手は出さなかったけど、今ならいいよな?」 にやにやと笑うその顔は、反論は許さないと言っているようだった。 ―――――書類を届けに行ってから3時間後。 新兵のジェイド・カーティスは、何故かふらふらになりながら本部へと戻ってきたという。 +反省+ |