「素直になりたい」 薄暗くなった廊下を、炎を宿したランプがぼんやりと照らしていた。 軍本部や宮殿内の明かりは全て譜石によるものなので、こうしたものは何だか温かみがあって、懐かしく感じられる。 普段はそんな事考える間もないのに、どうしてこんなことを考えてしまうのかといえば、それは目の前を先導して歩く、先ほどから 一言も喋ろうとしない男に原因があった。 「……………」 「……………………」 離れの方に部屋を用意した、という主人の言葉通り、部屋までは少し距離があるようだ。 しかしその道すがら、ジェイドはいつも通り、世間話すらせずに黙々と歩き続けるばかりだったのだ。 …正直、とても居心地が悪い。 だが、だからといって彼が食いついてきそうな話題などある筈もなく、話術が下手という訳ではないのに、口が開かない。 (…相変わらず、細いな…) 暗い為に外の景色は見えず、見るものもないピオニーの視線は、自然と前を行くジェイドに注がれる。 中性的な彼の容貌は見えないが、その身長と肩幅の広さを除けば、さらさらと絹糸のように流れる髪も相俟って、後姿はまるで美女のようだ。 同じ身長、同じ職業、同じ年頃の男性と比べれば、少々どころじゃなく貧相な彼の背中を見ながら、ふとピオニーは考える。 肩を掴んで振り返らせれば、どんな美しい顔が見られるだろう――――…と、彼を知らない者ならば思うかもしれない。 実際ジェイドの顔立ちは整っているが、しかしその譜陣を宿した鮮血色の瞳と、にこりともしない冷たい美貌は、大概において感嘆よりも 先に、少し背筋が寒くなるらしい。 確かに、昔のローアンバーの瞳の方が髪の色と合っていて綺麗だったが、ピオニーは今も昔も、ジェイドの瞳は好きだった。 紅い瞳は確かに少し印象が冷たく、少し怖いのかもしれない。 だがその心まで冷たくない事さえ知っていれば、そんな瞳で睨まれたとて、少しも怖くはないのだ。 だからこそ、尚のこと不可解だった。 表に滅多に出さないだけで、実は一度自分の心の内側に入ることを許した相手にはとことん心を砕く彼が、どうしてこんなに自分に冷たいのか。 どうして、軍なんかに入ったのか。 褒めるべき研究じゃないが、あれだけ優秀な研究成果を出している彼が、何故今頃それがしづらくなるような環境へと入ってきたのか。 戦場で死体を漁る事すら厭わなかった位だ、彼にとって研究は……とても重要な意味を持つものだった筈だ。 別れていた時間で、彼は一体何を見てきたというのだろう? 会話らしい会話をしていない為に、そういった大切な事は何一つ聞けていない。 それが現在の自分とジェイドの距離をそのまま表していた。 「――――…それでは」 自ら部屋の扉を開けて、ピオニーに中へ入るよう促しているのか、手を中へと導くように向け、軽く頭を垂れ、こちらを見ている。 こんな動作をする、という事は…彼は同室で寝るつもりはない、という事だろうか。 「お前は一緒の部屋じゃないのか?」 それは、至極自然な問いだった。 これまでどの護衛も―――どんなに役立たずな護衛でさえも、宿泊の際はピオニーと同じ部屋であった。 緊急時に傍にいなければ、護衛など役には立たない。 寝首をかく、というのが一番簡単で確実な方法であるのは何処でも同じである為、就寝時、特に神経をすり減らし、辺りを警戒するのが 常なのだ。 一番警戒すべき就寝時、別の部屋に行こうとしている彼の行動が不可解で、ピオニーはそれを問うたのだ。 「――――…少し、用事がありまして。すぐにこちらに参りますので、殿下は先にお休み下さい」 彼は逡巡の後、顔色も変えずにさっとそう切返す。 だが、曲がりなりにも彼の幼馴染という地位にいたピオニーには、その裏に隠れた動揺を読み取っていた。 「………ああ、分かった」 訝しく思う気持ちを隠して、何も知らない風にその言葉に頷き部屋に入ると、ジェイドがゆっくりと扉を閉めるのを見届けた。 足音が段々と遠ざかっていくのを聞きながら、しかしベッドで寛ぐなどという事はせず、ピオニーはその扉をじっと睨んでいた。 ほんの僅かであったが―――――…一体、どうしたというのだろう。 昼間のジェイドを見て分かった事、それは、彼が職務にはとても忠実で、考え方も真っ直ぐである、という事だった。 自身の感情も徹底的に排除している辺り、より効率的に仕事を行おうとしているのだろう。 そんな彼が、まさかピオニーと一緒にいづらいから、などといった理由で護衛の任務をなおざりにする、という事はないだろう。 職務には忠実。 その職務とはまさしく護衛なのだが、それ以上のものがあるのだろうか? 研究を放棄したことからして、面白い研究材料を見つけた…などという事はないだろうが。 (…様子、見に行ってみるか) 思い立ったら即実行、そういう信念を持つピオニーにとって、自分一人で行動するのは危険だとか、そういった考えは浮かばなかった。 ジェイドの足音はもはや、完全に聞こえなくなっている。 それを確認すると、そっと扉を開けて、歩いてきた道を再び戻った。 すると丁度、主人が就寝の準備をして自らの寝室に戻る所に出くわして、部屋に入ったと思ったピオニーの姿を見て、目を丸くする。 「殿下…!?」 「すまないが、ジェイドを見なかったか?」 「え?ああ、先ほど少し見回ってくる、と仰って出て行かれましたけど」 狼狽しつつもすぐにそう教えてくれ、ピオニーは短く礼を述べると、外へと続く扉を開け、出て行ってしまって。 それから暫くして、ようやく主人は、行かせてしまってよかったのだろうかという思考に行き着いた。 夜に出歩く人間が少ない為か、この街はそもそも街灯が少ない。 その為に昼間とは全く違った趣を見せる街をきょろきょろと見回しながら、ピオニーは早足に歩いていた。 街の住人とは雰囲気の違う上質な服、それにマルクトでも多くはない浅く日焼けした肌は、その数少ない夜の街を行く住人達の目によく 止まる。 しかしそんな事は全く気にせず、彼の目はひたすら、砂色の髪、群青の軍服の男の姿を探していた。 「―――――…?」 彼の髪と同じ砂色の壁ばかりが視界を埋め尽くす中、ふと、遠くで青が翻ったように見えて、歩幅が思わず大きくなる。 区画が綺麗に並んでいる為、何処に見えたかなんてすぐに忘れてしまって、近くまで歩いていくと、角ごとに路地を覗いてその姿を探して。 そして、見間違いではない事を知る。 少し向こうに、夜に紛れる色合い…だが、この砂色の壁の街中では目立つ、青。 いた…ジェイドだ。 肩にかかってもそこに留まる事なく、動くのと同時にさらりと風で流れて行く髪。 また一つ角を曲がる時に一瞬だけ見えた横顔は、間違いなく今回の護衛であるジェイド・カーティスその人だった。 彼は一体何をしようとしているのか、人気の無い道を、なんらかの確信をもってずんずんと歩いて行く。 その道はどこも似たような感じで、恐らく自力で元の道に戻る事はできないだろうと、漠然と思いながらピオニーはそれを追跡した。 ジェイドには気付かれぬよう気配を消しながら、彼は尾行するような気分で(実際尾行のようなものだったのだが)後姿を追うというのは、 普段やらないことであるせいか、妙に面白く感じる。 本来ならとうに城に戻って、次の日の朝からはすぐに仕事を始めなければいけないような時にこんなことを思うのは、不謹慎なのかもしれないが。 それでもピオニーの足は止まる事なく、ジェイドを追って、とうとう住人すらだれも歩いていない、狭い路地へと入っていってしまって。 そして、その一軒の裏手に入って行く姿を見届けた所で、彼は違和感を覚えた。 いや、尾行を始めたときから妙だとは思っていたのだが、考えないようにしていただけだったのだが、ここに来て、その妙だ、という感覚 が明確化したのだろう。 ――――――…何か、嫌な予感がする。 笑顔の仮面を被った狸が大勢いる宮殿で、ピオニーはたった一人で直感を頼りに立ち回って、様々な危機を乗り越えてきた。 その直感が、嫌な感覚を訴えてきている。 この先に行きたくない、見たくないと思いながらも、しかし確かめなければならない。 悪意に満ちた人間の気配が、角の向こうから感じられる。 魔物の殺気とは全く異質な、同じ種族―――人間に向けられた害意は、いつ感じても心地良いとは思えない。 まぁ、心地良いと感じた時点で人間おしまいなのかもしれないが。 そんな人間の気配が沢山する場所へジェイドが向かった。 それが指す意味は、あまり多くはない。 だが如何せん、情報が少なすぎて、判断するのは早すぎるような気がして、あえて判断はせずにその角の向こうを、そっと覗き見る。 するとそこには、半分予想通りの光景が広がっていた―――――…。 「へぇ…本当に来た」 嘲るような口調が、まず聞こえてきた。 それは勿論今しがたここに到着したであろうジェイドではなく、その正面に立つ男の台詞。 年の頃は30代といったところだろうか。ともかくジェイドの影になっているせいで、その風貌は分からない。 状況は、こちらに背を向けて立っているジェイドと、そしてその周りをぐるりと取り囲む、様々な世代の男女数十人といった感じだった。 一体、何の集まりなのだろう…? 「それで、あなた本当にピオニー殿下の情報、持ってるんでしょうね」 今度は違う人間―――…こちらから見て左側に立っていた女が、腕組みをしながら問いかけた。 いきなり自分の名前が出てきて、ピオニーは僅かにぴくりと反応しながら、その続きに聞き耳を立てる。 「――――…その前に確認したいのですが、宜しいでしょうか?」 「………情報が先だ。」 「おやおや、短気を起こすのは感心しませんね。どの道、あなた方が事を成す為には私の助力が欠かせないのでしょう? ――――それなら、ここは素直に確認の質問に答えるのが賢いと思いますよ」 ジェイドの良く回る舌に言いくるめられて、最初に口火を切った男が押し黙ってしまう。 しかし、よくもまぁ、あそこまでまくし立てられるものだ。 こんなにも嫌味ったらしい口調で喋る男だっただろうか―――…意外な変化に、ピオニーも少し目を丸くする。 ここまでの会話で分かったのは、とりあえず、ジェイドがこの集団に手を貸そうとしているらしい、という事。 そして、それはピオニーに関する情報。 集団に一貫性はないが――――…あえていうなら、少々若い世代が目立つ、といった事くらいだろうか。 とりあえず、決定的な証拠を掴むまでは断定したくない――――したくないが、大体の目星はつきつつあった。 暫定的な分析と結論づけを続けながら、しかし嫌な方向の想像もしてしまう自分が憎らしい。 これが自分の失脚を狙う集団で、それにジェイドが手を貸している、などという陳腐な事なんて、想像したくない。 ピオニーの過去の明るい部分を担う一人…親友である彼が、そんなことを考えている訳がない。 彼は何事にも正面から真っ直ぐに挑む男だったのは、親友だった自分が一番知っているのだから。 ならば、何故……? 「あなた方は、ピオニー殿下の失脚を狙い、殿下の伯父にあたる方が帝位に就かれる事を望む集団、という事ですよね?」 「……ああ」 数秒の沈黙の後の、肯定の返事。 それを聞いてしまって、ピオニーは心臓の鼓動が不規則になるのを感じた。 だが、最後まで聞かなければ。 「そして、今回殿下がこの街に視察に訪れる事を事前に察知し、ここに集まり、護衛である私に協力と情報を開示するよう、声をかけた」 「――――…あんたがどこの派閥にもつかないで王族の勢力争いに興味がないのは、軍部や国政に関わってる者の間では有名だったからな」 ついでに、実力のある譜術師である事や優秀な学者でもある事も掴んでいるのだろう、この男が手に入るのならこの先有利だ、とでも 思っているのだろう。 ピオニーからは見えないが、男は口元に僅かに笑みを浮かべていた。 「戦争で食ってる俺たちにとって、融和政策路線のピオニー殿下は目障りだ。せっかくあの先帝がいなくなったと思ったら、そんな男が のこのこ戻ってきて、いきなり第一継承権を持つだなんて…。お前だって、死体を漁るのには戦争が起きてた方がいいと思うだろう?」 「…………」 「さぁ、だから早くピオニーの」 「―――――…分かりました。」 決定的な一言。 一瞬、悲しみとも怒りともつかない感情が、胸のうちを吹き荒れた。 ……が。 「王族に対する反逆罪で、全員身柄を拘束させていただきますよ」 実に爽やかな声音でさらりと続いた台詞には、ジェイドを取り囲んでいた彼らは勿論、ピオニーも目を丸くした。 「誰も聞かないので言ったことはありませんが、私はピオニー殿下が最も皇帝に相応しいと思っています。」 どうやらそれが、勢力争いに興味がないと思われたようですけど、と付け足すと、取り出した槍の切っ先を、男に突きつけた。 「裏切ったのか」 「裏切った、などと言われるのは心外です。元から私は、殿下の―――ピオニーの味方のつもりでしたから」 当然といわんばかりの口調で男に向かって言ったその言葉。 それは、無論ピオニーの耳にも届いて。 柄にもなく、状況もわきまえず、自分の顔の筋肉が段々と緩んでいくのを、彼は感じていた。 ジェイドは―――――…どうやら己の身分と立ち位置を囮にして、反乱分子を潰すつもりだったようだ。 煮え切らない態度であちらの要求や目的を聞き出しておいて、それを確認、その後それを証拠にして拘束。 作戦の単純さはともかくとして、彼が自分の為に動いてくれていたらしい、というのが分かった途端、今までの彼の態度の意味も理解でき たような気がした。 (しかし……いくらなんでも無謀過ぎじゃないか?) リーダー格らしい男に槍を突きつけているとはいえ、たった一人の軍人が大勢の大人を相手にするのは、やはり分が悪いとしか思えない。 槍の腕は相当、と聞いてはいても、相手の実力が分からない以上、どうなるかは分からない。 「随分自信があるみたいだな……」 「潜り抜けてきた修羅場の数が違いますから。それとも、無駄に戦って怪我でもするつもりですか?」 ピオニーの目から見ても、あまり場数は踏んでいなさそうな集団だった。 だからこそのジェイドの発言なのだろうが、煽るとそれだけ何をするか分からないというのも、若年層にありがちな留意点であったりも する。 大丈夫なのだろうか。 「…………っこの!!」 「おっと!」 (あ、キレた) わなわなと震えながらも何とかその場に立っていた一人が、いきなり手近な棒を持ち上げて、ジェイドへと殴りかかる。 それを避ける為に槍をリーダー格から離してしまったが、未だ彼は余裕の表情を崩さなかった。 だが、一人が行動を起こしたのがきっかけで、周りで様子を傍観していた他の者までがジェイドへと武器を向け始めて。 「おいおいおい…」 さすがにピオニーも黙っていられず、思わず声に出してしまっていた。 ちゃんとした武器を持っているだけジェイドの方が有利なのだが、如何せん数が多過ぎて、彼も思うように反撃ができない。 ひらり、ひらりと避けてはいるものの、やはり状況は変わらず。 ピオニーが助太刀に入れば状況はまた変わるのだろうが、標的になっているであろう自らがこの場に介入すれば、火に油を注ぐような ものだ。 それでは皆が余計にいきり立つだけ、出るに出られないというのが本音だった。 後先考えずに飛び出すなど、愚かなことはしたくない。 あのジェイドが素をさらけ出したなら、きっと文句と嫌味を織り交ぜた言葉を投げかけてくるだろうから。 「…っ」 だが、そんな迷いも、ジェイドの軍服が浅く切れる所までしか続かなかった。 ナイフか何かを持っていたらしい一人に死角から切りつけられ、わき腹の辺りと後ろに垂れた襟の一部が切られたのを見たら、 途端にピオニーは角を曲がってその場へと乱入し、一番近くにいた一人を殴って昏倒させてしまっていたのだ。 「ピオ―――――…っ…殿下!!?」 「悪いな、邪魔させてもらうぞ」 珍しく、感情がそのまま顔に表れたジェイドを横目に見て笑いながら、ピオニーは慣れぬファイティングポーズを取り、素手での応戦体勢 に入る。 本来ならば剣を使いたい所ではあったが、何も考えずにやって来た為に丸腰同然だった。 それは乱入してから気付いた事。 まあ何とかなるだろう。これでも腕力はある方だ。 「………武器も持たずに出歩かれるとは」 丸腰のピオニーに半ば呆れ顔で、ジェイドはそんな彼を守るように立ちはだかる。 だがそれを無視して、ピオニーはその横から飛び出し、そこにいた男に容赦ない一撃を見舞う。 それで男の頭が朦朧として動きが鈍ったのを見計らって、身体を反転、サンダルの足で回し蹴りをその首へと叩き込み、完全に沈黙させて しまった。 軍の訓練を見ていただけだったが、案外それでも何とかなるもんだな。 そんな楽天的なことを考えながら、迷いなくジェイドの背中を守る位置へ。 見咎めるような視線が背中を刺したが、そんな事は気にしない。 ともかく、入ってしまったからには、ここをやり過ごさなければならないだろう。 参った、と思いながらも、久々に思い切り動けるという嬉しさからだろう、緊張すべき場面なのに、ピオニーの顔は何処か笑っていた。 「…っ何がおかしい!?」 だが、それが逆に相手の癇に障ったらしい。 廃材を拾い上げ、それを剣のように振り上げながら飛びかかってくるその相手は、真っ直ぐにピオニーを狙っていて。 即座にその前にジェイドが行こうとしたけれど、そこに絶妙のタイミングで別の邪魔が入る。 素手の相手に、大したものではないけれど、武器を手にして襲い掛かるその男。 「男らしくねぇなあ」 くく、と喉元で笑うと、ピオニーは最初の一撃を横に避ける。 渾身の一撃を避けられてしまってよろけた相手を後ろから蹴り飛ばせば、近くの壁に当たり、運悪くそのすぐ傍にあったゴミ箱にも当たって しまい、男はその場に埋められてしまった。 偶然とはいえ、少し可哀相だっただろうか? しかしそんな事を考える間もなく次の相手がやって来たため、ピオニーの思考は中断した。 大きなことを言う口やすぐに出てくる手がある割に、彼ら全員が倒れるのにそう時間はかからなかった。 また、静かな夜の闇が戻ってきて、生きてはいるが屍のように動かなくなった人々の中心で、無言のまま槍をしまうジェイドと、 少しばかり赤くなった手を腰の布で乱雑に拭うピオニー。 これまではこの沈黙が気まずかったが、彼の本心を垣間見てしまった後は、なんだか楽しいと感じてしまう。 今と昔で、感情表現が変わっただけだったのだ。 乱入したときのあの態度からして、彼がその時までピオニーの存在に気付いていなかったのは間違いない。 とすると、乱入前に言っていたあの台詞は、本心。 雑魚だったとはいえ、あれだけ大勢の敵がいて、それでもあんな言葉を言えたのだから、きっと真実なのだ。 自惚れかもしれないが、ジェイドには嫌われている所か、心配してもらえていたらしい。 そういえばここ数年は反乱分子の始末にも手を焼かなくなっていたし、妙に身辺がすっきりしているように感じていたが、まさか裏でこの 男が暗躍していたとは、全く気付かなかった。 (俺も、まだまだだな) 離れていた間に、随分捻じ曲がった育ち方をしたらしい幼馴染を見ながら、こっそりと笑う。 昔は無愛想だったが、今よりよっぽど素直で分かりやすかった。 今は愛想だけはいいが、昔よりも感情を隠すのがうまくなった。 軍にいる理由も、もしかするとピオニーが今思った通りの理由だったりするのかもしれない。 そう思うと、妙に目の前の男の仏頂面が可愛く見えてしまった。 そんなピオニーの思いが通じたのかは分からないが、ジェイドはその無表情を不機嫌顔に変えた。 「――――…こんな時間に出歩かれたのは私が見ていなかった事もありますし、私に責任があるのかもしれませんが。 それよりも、自ら危険に飛び込むような真似をして…どういうおつもりですか?殿下」 「そっくりそのまま、お前に返すぞ。ジェイド」 「…………私と殿下では、その身の重さが違います。あなたに万が一のことがあれば、」 「王族は俺以外にも大勢いる。代わりは利くだろう。そういうお前こそ、一介の軍人には荷の勝ち過ぎることばかりしていたようだが」 今までのことも、大体察しがついたので、カマをかけてみる。 すると、不意を突かれると弱いという昔の性格が残っていたらしく、顔色が変わっていって。 何も言わずして、肯定を伝えてくれた。 「―――――宿に、お戻り下さい。夜は危険です」 「ああ、分かった、分かった。」 憮然とした表情で誤魔化すようにそう切返されても、笑いしか出てこない。 だが声を上げて笑わぬよう必死に堪えながら、ジェイドの誤魔化しに付き合ってやった。 素直になりたくても、なれなくなったらしい幼馴染に、どうしようもない安堵を覚えながら。 とりあえずFin. +反省+ |