[無題Eのおまけ] 激短ですの。 (それにしても) 帰りの道すがら、耐えられないとばかりにこっそり持ち込んでいた軍服に着替えたジェイドは、視線を下に落とし、ぼんやりと考え事にふけっていた。 半強制的に、引きずられるようにしてやってきたキムラスカだったが、あの王女に会えたのは幸運だった。 正直今の国王とは会談の場で毒入りの舌戦を繰り広げそうな予感がしていたのだが――――世継ぎがあの少女だというのなら、いずれ彼女も重要な会議の場に現れるようになるだろう。 彼女自身の勉強が一番だが、しかし近い将来、国王のよきアドバイザー兼ストッパーとして活躍してくれるに違いない。 年端もゆかぬ子供、と侮っていた自分が恥ずかしい。 胸がなんとなく温かくなっていくのを感じたジェイドだったが――――――しかし、はたとその笑みが凍りつく。 彼女の言動のことにばかり思考がいってしまっていたが―――――他でも、年端のゆかぬ子供と侮ってはいけないとつくづく感じたのだ、あの時。 年上の――――――しかも三十路をとうに超えた人間としてのプライドが許さなくて、考えないようにしていたが…。 「………」 考え事をしていたジェイドの横で、思い出したようにぽそりと呟かれたピオニーの一言で、せっかく忘れようとしていたことをしっかりと思い出してしまった。 …いや、正確には引っかかっていたのを無理やり頭の隅に追いやっていただけというべきだろうか。 『暫く見ないうちに、随分成長してたなぁ』 この一言までは良かった。 しかしその最後にぽつりと付け加えられたのが、きっとこの馬鹿の本音だ。 『―――――特に、胸』 あの場にいた子供はナタリアただ一人だったから――――間違いなくナタリアのことを言っているのだろう。 その一言で、ジェイドは今までの気持ちが突風で吹っ飛び、一気に冷え込んでいくのを感じた。 「……」 ふと、思考の為ではなく自分を確認するために、視線を落とす。 相変わらず、ベルトのバックルまで嫌味なくらいよく見える、平らな胸だ。 妊娠した事で少しだけマシな膨らみになったが、それでもやはり思いっきり触ってみないことにはあるのかどうかすら分からない。 対して、ナタリア姫ときたら、14という年齢からすれば当然だが、既に形よく成長を遂げている。 あの年であれだから、もしかするともう1カップくらいは成長するかもしれない。 ――――――確かに、自分は研究に忙しく栄養状態はお世辞にもよかったとはいえない環境だったが……。 しかし同じ家庭で12まで育った妹は、ジェイドとは対照的な成長をした。 一体何が違うのか分からないが、こと身体的な成熟という点において、ジェイドは恐ろしい程神様とやらに見放されていた。 「おい、ジェイド?」 不穏な気配を察したピオニーが、訝しげにジェイドへと声をかける。 まさか思考に耽っていたジェイドが己の失言を聞いていたとは思ってもいないのだろう。 その能天気さに理不尽な怒りを覚えながら、ジェイドは不機嫌そのものの声で「なんでもありませんよ」と返す。 どうせ、私は平らですよ ……とは、口が裂けても言えないし、馬鹿らしいことだ。 既に30を超えたジェイドが今更成長することなどありえないし―――――大きいからといって何になるというのだ。 …………というのは、ないからこそ言う負け惜しみに聞こえないこともないが。 しかしこんな事実で不機嫌になっていることなどを悟られたくなくて、ジェイドは視線をずらし、外を見やる。 「おい、どうしたんだよ?俺が何か気に触る事でも言っ―――――」 「ご心配なく。陛下のご発言は一切関係ありませんから」 「………………」 ピオニーの表情が、まくしたてるように言ったジェイドの台詞を聞くなりぴたりと動かなくなった。 かと思えば、次の瞬間、その表情は段々としまりのない、だらしのないにやけた顔へと変わっていって。 「なんだ、まさかお前」 「それ以上言ったら刺しますよ」 じろり、と。 戦でも滅多に見せない本気の眼光でもって隣の男を睨みつけるが――――――しかしタイミングが遅すぎた。 既に、ピオニーはジェイドの不機嫌の原因を見抜いてしまい、実に楽しそうに笑いながら、ジェイドの肩をばしばしと叩く。 「おまっ…!まだお前にそんな可愛いところが残ってたとは!!」 「〜〜〜〜〜ッ」 「怒るな怒るな!―――――それに、そのうちそんな悩みもなくなるぞ?」 「………は?」 「あー、気にしないでくれ」 にやけた笑みから、一瞬意味深な笑みに変わったピオニーに、しかしジェイドはうかつにも気づくことができなかった。 その言葉の意味を知るのは、それから程なくの事だった。 +反省+ |