[無題 4] ※リクエストにお答えして(笑)。 超適当ですいません… 「――――――私を降ろすとは、一体どういう了見なのですか?」 恐ろしく低い声が謁見の間に響き、その場にいた兵と、声の主であるジェイドの上官にあたるフリングス将軍が、思わず震え上がった。 この国で最も権力のある筈の皇帝でさえ、彼女の苛烈な紅に睨まれて、苦笑いを浮かべている。 「なぁ、何もお前が行く必要はないんだ。アスランだって言っただろ?たかが辺境の魔物討伐に、いくら管轄区域だからって第三師団をぶつけるのは――――」 自分が行くと言ってきかないジェイドを宥めようと、皇帝も他の者も必死になっていた。 今話題になっているのは、ジェイド・カーティス大佐率いる第三師団が管理・保守をしている地域に異常発生した魔物の討伐についてだ。 急遽、第四師団を派遣すると指示を変更した事に対し、ジェイドが管轄地域の長として、自分が行くと言ってきかない。 それに対し、皇帝であるピオニーと、将軍であるフリングスが応対しているのだ。 理由はピオニーが先に言ったように、暴れている魔物程度で、譜術においてはマルクト最強ともいえるジェイド率いる第三師団を派遣する のは不相応である事。 それからもう一つ、ジェイドの現在の身分によるものだ。 つい数ヵ月前、ジェイドは以前から熱烈であったピオニーの求婚を受け、妃となる事が決定した。 様々な調整が相まって、正式発表はおろか、知っているのは宮殿の一部の者だけなのだが、妃となるべきその身が、然るべき式典もする前 から易々と危険に晒されては困ってしまうのだ。 しかも、軍の定期検診で、減りはするが増える事なんて決してなかった体重の増加が判明し、秘密裏に行なった精密検査でもそれらしい 兆候が見られたというから――――その知らせを聞いて、ピオニーは一週間後に控えていた出陣の予定を、慌てて第四師団に変更したのだ。 単なる偶然かもしれないが、もしかすると、待望の世継ぎが宿っているのかも分からない。 だからこそ、ピオニーとフリングスは、特に必死になってジェイドを思い止まらせようと言葉を尽くしていたのだが………如何せん、 口でこの死霊使いに勝てる者は殆どといって良いほど存在しない。 こういったことに関しては、たとえピオニー相手であっても引くことはないのだ。 『こういったこと』というのは、明確な理由無しに指示が変更される事、である。 唐突な命令変更に、何かあると思ったのだろう、ジェイドはいつになく強情で、いくらピオニーが言っても納得してくれない。 ここで勅命だと言ってしまえば、歯噛みしながらも彼女は下がってくれるのだろうが……できれば、そういった手段には出たくない。 そう思って、玉座に座っているのにも関わらず、驚くほどの低姿勢でピオニーは言葉を重ねる。 「なぁジェイド、分かってくれ」 「では、私が承服できるような理由を提示して下さい」 妊娠してるかもしれないから。 苦虫を噛み潰したような顔で、すんでの所で出そうになった言葉を飲み込む。 これは、まだ確実な話ではない。 そもそも初期症状もまだ現れていないこの状況で、彼女に理解し、大人しくしていてもらうなどと、出来る訳がないのだ。 一層意固地になって、無理にでも飛び出していってしまうかもしれない。 最早、ただの一軍人としての待遇を続ける事など不可能なのだ。 ジェイドは、今まで通りの待遇を望んでいるのだろうが――――…恐らく唯一となるであろう皇帝の妻ともなれば、そうそう危険のある 場所に派遣しては、世継ぎも生まれないまま皇帝の直系の血筋が絶えてしまう。 だからこそ、フリングスを介して密かに大佐から、せめて師団長として相応の地位である少将への昇格を勧めているのだが、それにも ジェイドは良い返事をしない。 一体、どうしたら大人しくしていてくれるというのだろう。 ジェイドと、そして、いるかも分からない子どもの事が心配だから、行って欲しくないというのに。 どうしたら分かってくれるのか―――そう思い、小さく息をついた。 だが、どう受け取ったのだろう、ジェイドはその様子を見て、唐突に大人しくなる。 「―――――…ジェイド?」 「………分かりました。命令ですから聞きましょう」 明らかに納得していなさそうな顔でそれだけ吐き捨てると、くるりと踵を返して、走ってもいないのに物凄い速さで謁見の間を飛び出して行く。 何かを察したフリングスが、ピオニーと視線を合わせたかと思うと、ジェイドの後を追って謁見の間を出て行った。 彼が扉を閉める音と共に一気に静かになった謁見の間では、気苦労のせいだろう、明らかに肩を落とす兵と疲れた風な溜息を零すピオニー だけが残されたのだった。 フリングスの予想……もうとっくに宮殿を出て執務室に向かっているかもしれない……というのを裏切って、ジェイドは謁見の間を出て すぐの所で見つかった。 階段のすぐ傍で、部屋にいたピオニーと同じように、彼女も疲れた風な顔をしている。 「ジェイド大佐」 「………一体、何だというのです?あそこまで理不尽な方ではなかった筈なのに」 どうしてなのか、本当に理解できないのだろう。 それどころか、不当な扱いを受けたと―――――…これまで通りの仕事をさせてもらえないのだろうか、と悩んでいるかも分からない。 言えないというのも辛い立場だが、ここはなんとしてでも、納得してもらわなければならない。 「大佐、陛下は大佐のことを思ってああされたのですよ」 「意味が分かりかねます。それならば、私が行って然るべきなのではないですか?私は、与えられた任務を全うしようとしているだけだ」 激昂とまではいかないが、ジェイドにしては珍しいくらいに語調が荒かった。 それに伴って頭にも血が多めに回っているのか、顔色もいつもよりは赤く、フリングスはおや、と目を瞠る。 「絶対に、何か―――――」 そのままの調子で続けようとしたジェイドの声が、中途半端に途切れる。 「!大佐…ッ!?」 ゆらり、と視界が傾いたかと思ったら、次には浮遊感。 一体何が起こったのか認識する前に、ジェイドの視界はブラックアウトした。 次に目を開けると、全く別の場所にいた。 首を動かして周りを確認しようとしたら、すぐ傍にピオニーがいて、ジェイドは吃驚する。 その一連の所作を見ていた彼は、苦笑すると手を伸ばして髪に触れてきた。 頭を撫でるようなその動きが、はっきりしない頭には心地良い。 ジェイドのそんな様子を見て、ピオニーは疲れた風に思い溜息をついた。 「……ったく、驚いたのはこっちだっての」 安堵が強く滲んだ声音だったが、同じくらいに呆れの成分も含有している。 この状態である事から、恐らく自分が倒れてここまで運ばれたのだろう、という程度の事は分かるのだが、全く こんなことになる理由に思い当たらないジェイドは、何と答えたら良いのか分からずに、ただじっとピオニーを見つめた。 「アスランが受け止めてなかったら、そのまま階段から落ちてたぞ……」 「――――――…それはそれは、フリングス将軍には感謝しなければなりませんね。…で、私は何故倒れたのでしょう?」 「………………お前、自覚ないのか?」 不思議そうな顔をして――――…というか、酷くばつが悪そうな表情で、ピオニーが顔を覗き込んできた。 自覚、といわれても。 と、ジェイドはふと自分の生活を振り返ってみた。 確かに、仕事が忙しくて自分の身を省みていない生活がずっと続いている、という自覚はある。 健康診断の結果などとうに忘れてしまったが、少なくとも良い結果とはいえなかったし、徹夜は勿論のこと、食事を抜く事もしばしば。 たとえ食事の時間があったとしても、元より食に興味がない為に、普通食べるべき量の半分程度で止めてしまったりもする。 しかしながら、こんな生活を10年近く続けても、倒れた事はなかったのだ。 本当に分からないらしいジェイドを見て、覚悟を決めたかのように深く息を吐くと、ピオニーは、じ、と酷く真剣な目を向けてきた。 「まぁ、俺もちょっと半信半疑…っつか、まさかなーと思ったんだが」 「?」 「さっき、主治医から断言された。―――――…お前、妊娠してるらしいぞ?」 「…………………………………………は?」 いや、分かっている。 女性が受胎して胎児をやどすこと。みごもること。受胎。懐妊。懐胎。などといった意味だ。 そのくらいは分かる。分かるのだが――――――…脳内における情報処理が追いつかない。 ピオニーの方はというと、言ってしまってすっきりしてしまったのか、最初に言いよどんでいたのが嘘のように、調子よく言葉を続ける。 「いやー、婚儀の前に妊娠とはな!結婚と懐妊、一気に二つもめでたい知らせが出来る訳だ」 「は…はぁ………」 「気付いてなかったみたいだけどな、子どもがいて今まで通りの食事量だったもんだから、子どもに栄養もってかれて貧血になったんだよ。 体重も増えてたのに、そういう所は疎いんだなーお前」 そうか…子どもがいたから貧血になったのか。 いつかは子どもだ何だという事になるだろうとは思っていたが、心の準備の前にできてしまっていたらしい。 初めての時もそうだったが、どうしてこの男が関わるものになると、こちらが構える前に事が起こってしまうのだろう。 ………まぁ、今に始まったことではないのだが。 「――――――確実じゃないけどそういった兆候があるって医者から聞いてて、お前の出陣を渋ったんだ。だが妊娠が確定しているなら、 お前だって文句は言えないだろう?魔物討伐へ行かせなかったのは、まぁ…こういう訳だったんだ」 さすがに世継ぎの生命を危険に晒す訳にはいかない、そういう理由ならば、さすがのジェイドも文句は言えなかった。 が、通常業務は出来るというのに、懐妊を理由にピオニーがその後暫く部屋――――実はその部屋はジェイドひとりの為に用意されていた 離宮内の一室だったのだが―――から出そうとしなかった為、そこから火の柱が上がったらしい、というのは、ごく近しい臣下達の間で の秘密である。 +反省+ |