[無題] ※物凄く疲れてる時に考えたネタ。 基本的に苦手だった筈なのにな…?(苦笑) 「結婚してくれ」 「……………馬鹿ですか、あなたは」 即位してから、果たして何度目のプロポーズだろう。 執務室の椅子をくるりと男の方へと向け、足を組みながら、ジェイドは深い溜息をついた。 ここ数ヶ月は、この馬鹿――――…マルクト皇帝ピオニー9世陛下は、殆ど日を置かずして軍本部にあるジェイドの執務室を訪れている。 即位してからというもの、忙しいのもあったのだろう、最初は単なる息抜きだから、と言って、ただ部屋にあるソファで寛いで帰って行くだけの日が続いていた。 だが、皇帝となると今までのように、気楽な一人身のままではいられない。 世継ぎを作らなければ、崩御した時に皇帝になる者がいなくなってしまうから―――――そういった理由で、最近大臣達が、妃の話を持ちかけてくるらしい。 最初は、付き合いで女性に会ったり、面と向かって断っていたりしていたらしいが、それがあまりにも何回もあるものだから、段々陛下は嫌気が差してきたらしい。 とうとう、大臣の妃候補探しの話から逃れる為に、「俺はジェイドと結婚するから」などと叫んだらしいのだ。 それを人づてに聞いた時には、唖然としたものだった。 確かに、宮殿にも軍にも女は殆ど存在しない。 だが、まさかこの「皇帝の懐刀」と呼ばれる自分を言い逃れの道具にするとは、思いもしなかったのだ。 その上、自分は彼とは旧知の仲であり、恋愛なんていう初々しい付き合いが出来なくなる位、お互いの嫌な部分やら何やらを知り尽くしてしまっている。 その相手と、結婚だなんて―――――…笑えない冗談だ。 確かに、軟禁されていたケテルブルクから宮殿に戻ってきた当初は、別れた女―――妹の影を求めて、自分を慰めにしていたようだったが、今はそんな甘えた関係は持っていない。 だからこそ、今更過ぎる下手な言い逃れに、ジェイドは苛立ちを隠せなかったのだ。 「いい加減、妹の影を追うのはどうかと思いますよ。諦めてどこぞの令嬢と結婚なさい」 「嫌だ」 今年で33となった男とは思えない、幼稚な返答。 自身が望まぬ結婚を、周囲から望まれている…その状況には同情するが、ここまで意固地になって拒絶するのは、皇帝という身分では許されない事。 それが分からない男ではない筈なのだ、このピオニーという男は。 そんな事、幼い頃から彼を見てきたジェイドには、分かっていた。 彼ならば、軍国主義になりつつあるマルクトを変えられる――――――…ジェイドにすらそう思わせる程、あの時の彼の瞳は真っ直ぐだったのだ。 だから、彼とてこのような我侭がいつまでもまかり通らない事、そしていずれは己を妃とするなどという、ふざけた言葉を撤回しなければならない事など、分かっている筈。 その返答を期待して外した視線を戻したのに、そこでジェイドの紅の瞳を捉えたのは、グランコクマを巡る水と同じ、透き通った蒼い眼差しだった。 軟禁されていたあの頃と変わらない、真っ直ぐで、強い。 ジェイドが惹かれた、あの瞳―――――…。 「ネフリーの事は、確かに好きだった。あれは恋だったと思う」 「……」 「だけど、あくまで恋に過ぎなかった。恋に恋をしていたというのか?ともかく、お前みたいに凄く欲しいと思うものじゃなくて――――…守りたいものだったんだ。ネフリーは」 「仰っている意味が分かりませんが」 「ジェイド、お前に近付きたかったんだ」 酷い男だろう、と、かれこれ20年以上付き合っているのに、初めてみる表情で、ピオニーは笑ってみせた。 「お前が大切にしているネフリーを、俺もお前と同じように守ってやりたかった。大切にしたかった。そうする事で、お前と同じ位置でいたかったんだ」 そこまで休むことなく言い切ると、一度息を吐いて。 「―――――…ネフリーは先月結婚しただろう?俺、あの時に痛感したんだ。あれほど好きだった筈なのに、どうしてこんなにほっとしているんだろうってな」 「…?」 「お前が、もうネフリーに取られる事はないんだと思ったんだ。………気付いたときには愕然とした。この20年近く、全然気付かなかったんだ」 胸のうちを明かしてしまうと、改めて、ピオニーはジェイドの様子を窺った。 予想通り、ジェイドは呆然とした表情で、ピオニーを見つめていた。 恐らく、言っている事の半分以上は理解できていないだろう。 普段は冷たく光る瞳も、その力を失っているようで―――――…あまりの表情に、状況も忘れてピオニーは苦笑してしまった。 「だから、大臣に言った事は本当だ。軍門とはいえカーティス家だって立派な貴族、お前を妃に迎える事には何の問題はない」 よく考えてみれば、ジェイド以上に素晴らしい伴侶はいないのだ。 優秀な頭脳からはじき出される戦略で、軍会議では強硬派すら黙らせる。 皇帝が迷った時には、率直で的確な助言をする。 ひとたび戦争が起これば、最前線で敵をなぎ払う。 内政にも外政にも、このジェイドという存在はマルクトに不可欠。 ならば、これを妃として――――国の顔として、何の問題があろうか。 「私は軍人です。」 「分かっている。軍にだけじゃなく、その身を俺にも寄越せと言っているんだ」 「戦いに身を投じる事で、私は皇帝であるあなたにも、この身を捧げているつもりなのですが?」 「間接的ではなく、直接俺に―――――…だ。」 威圧されているのが分かったのだろう、虚勢を張るかのように、ジェイドは立ち上がった。 元々身長が高いせいもあって、殆どピオニーと変わらない高さから視線を寄越して、わざとらしく溜息をつく。 眼鏡を直す仕草をやたらとする辺り、相当追い詰められているようだった。 「―――――…ですから、私は」 驚かせるつもりで、ピオニーはその細い体を引き寄せた。 いつもつけている香水の匂いが押し寄せてきて、それをもっと感じようと、思わずその髪に顔を埋める。 ぱっと見ただけでは分からないが、それなりに柔らかい感触が、胸に感じられて。 感極まって、気が付いたら引き寄せた腕で力一杯ジェイドを抱きしめていた。 「……っわたしは、軍人です」 「分かってる。それでもお前がいいんだ」 「あなたの命令の下で、人を殺し、幾多の恨みを買い、恐れられる―――――…"死霊使い"と渾名される私をですか?」 「そうだ」 「禁忌の研究に手を出し、先生を手にかけた、私を」 「ああ」 最後に呟いた言葉はなんだったのか、それはジェイドの耳にようやく届くといった程度のもので。 長すぎる沈黙の後に、顔を上げたジェイドは、しかしすぐにピオニーの肩へと額を預けてしまう。 「本物の馬鹿ですね、あなたは」 普段より少し温かいジェイドの体温。 もしかして、照れているのだろうか? ピオニーがその顔を確認しようと身を屈めたところで、唐突にジェイドが顔を上げ、視界を埋め尽くす。 「いいでしょう。文字通り、あなたの懐刀となりましょう」 「―――――本当か!?」 開き直ったのか、少し頬を染めながらも不敵な表情で言い切ったジェイドに、ピオニーは喜色を隠しきれなかった。 だが、そんな彼に釘を刺すように、ジェイドは不敵な―――――強硬派の軍人すら黙らせた、それはそれは狡猾そうな笑みを浮かべて。 「この"死霊使い"と呼ばれる私を隣に据えるからには、覚悟をしておきなさい、ピオニー」 ケテルブルクでしか呼ばれる事のなかったファーストネームだけでの呼び名を呼ばれた為に、それまで浮かべていた狡猾な笑みすら飲み込む勢いで、ピオニーはまたきつくジェイドを抱きしめた。 +反省+ |