[本能] グレジェのようなピオジェのような…(基本はピオジェ?/笑) セントビナーとエンゲーブの間で行われた一戦は、近年では最も大規模なものだった。 後方支援のグレンの部隊を除き、近隣の殆どの戦力が投入され、フリングスを筆頭としたグランコクマ防衛隊までもが参戦したのだ。 それだけでも、この戦の大きさというものが分かる。 「第三小隊!出すぎだ!!」 乱戦状態である為に、最早無用の長物にも等しくなりつつあった陸艦――――セントビナー側においては旗艦の役割を担っていたタルタロス内部で、ジェイドは珍しく声を張り上げていた。 今回、初めて戦闘に連れて来た幾人かの新入りが多い第三小隊、第四小隊の隊列や作戦の乱れで、現在第三師団は全体的に劣勢の状況にある。 新入りの人数は随分と減らし、少しでも戦闘というものに慣れさせようという魂胆だったのだが――――まさかこのような乱戦になるとは 、さすがのジェイドも予測が出来ず、内心苛立っていた。 混乱しているのかいきり立っているのか、二小隊はこちらの指示が完全にいきわたっておらず、一方は出すぎて敵方に包囲されつつあり、 一方は及び腰過ぎて、少数の敵に押されてしまっている。 …できれば、被害は少ない方が良い。 今後の人員補充や再教育の大変さもあるのだが、数字を聞いただけでも、ジェイドの主君は複雑な顔をするのだ―――――。 出来ることなら、そんな顔は見たくない。 ―――――だから、なるべく被害が少なくなるようにと、無理にタルタロスを平原のど真ん中へと持ち込み、彼らの横や背後だけは守ってやっているという状態が、もう一時間以上続いていた。 作戦通りにいけば、敵はもうとっくに戦意喪失をして、撤退。 自軍の被害も今の五分の一程度で済んでいる筈だったのだが………誤算に誤算が重なって、今となっては劣勢もいいところだ。 しかも援護を待つことなく、このままでは第三小隊が全滅してしまいかねない。 「――――――…私が出ます。私が降りた後すぐに左舷前方、十時の方向を中心に譜術障壁を展開、五秒保たせて下さい」 「え!?あっ、はい!!」 すぐ傍にいた副官に言付けると、ジェイドは眼鏡の位置を直しながらコントロールルームを飛び出した。 言い渡した内容は、お世辞にもスマートな戦術とはいえず…どちらかといえば無茶苦茶としかいいようのないもの。 本来ならば、指揮官である自分がでしゃばる所ではない。 むしろ、指揮官として適切な判断を下すならば、命令無視をして前へと出すぎてしまった第三小隊は捨て駒とするべきだ。 だけれども、そうできない―――――妙な所で優しさのようなものを捨てきれない。 愚かだ、と思いながらも、これが彼に感化された結果だ、と割り切ることにして。 ジェイドは苦笑しながら、無機質な音を立てて開いたハッチのステップから、ひらり、と軽やかに飛び降りた。 「――――今です!」 降りたすぐ傍にある外部マイクから指示を飛ばし、障壁を発生させる。 指示した方向に寸分違わず突っ込んでいったタルタロスは、容赦なく周囲の敵兵を吹っ飛ばしていき、何とか囲まれていた第三小隊までの経路を見出してくれた。 …だが、これはあくまで強硬手段であり、本来の使用法ではない。 そもそも敵艦の砲撃やその他の攻撃を守る為に存在する譜術障壁で、生身の人間を無理矢理に押しのけているのだ。 それを考えれば、その無謀の程が分かるというもの。 信じられない戦法、とばかりに目を丸くする敵味方の視線を甘んじて受けながら、タルタロスの更に左方から飛び出して、ジェイドは第三小隊へと合流する。 「大佐!!」 「何をしている!出過ぎるなと事前に指示しただろう!!」 かつてない程に怒っているらしい上官に、その場の兵達はすくみ上がる。 表面上はいつもと変わりないように見えるのだが――――その瞳と雰囲気は、明らかに怒っていた。 しかしジェイドは怯える兵達の様子にも頓着せず、周りの敵を譜術で退けながら、短く後方のタルタロスに撤退するよう指示を出す。 「しかし、大佐は…」 「手負いのお前達よりは足止めが出来る。いるだけ足手まといだ!」 荒い口調のままそう言われて、中々足が進まないでいた数名の足も、とうとう後方へと向けられる。 そうして部下達が一斉にタルタロスに戻って行くその間にも、ジェイドは詠唱を続けた。 撤退を始めたことで一層勢いを増した敵の正面に仁王立ちしたまま、彼は周囲に漂い始めていた第五音素に意識を集中する。 「全てを灰燼と化せ―――――<エクスプロード>!!」 第五音素の名残があったので、それを利用してより強力な譜術を放った。 あまり譜術士がおらず、ましてや譜術に対する耐性もさほどないらしい敵兵は、次々と吹っ飛んでいく。 だが元より数が多過ぎて、一撃だけでは一掃には至らない。 距離が詰まってきた為に大技を放てなくなったジェイドは、そのまま槍での応戦に移行する。 怪我をした兵の収容を終えて応援に戻ってきたらしい兵達と防戦を続けながら、合間合間に譜術を放っていったが、ようやく到着したフリングスの部隊の応援が辿り着く頃には、指揮官にあるまじき怪我だらけの姿になってしまっていた。 「割にあいませんね……元は後衛だからでしょうが」 「もっ…申し訳ありませんでした、大佐…ッ!」 「過ぎた事です。後はグランコクマで…大いに反省していただきますよ」 暗に、グランコクマに戻ったら罰を与える、と傍らの小隊長に伝えて、ジェイドは軽く埃を叩くと、後方を兵に守られながら素早くタルタロスへと戻る。 久々に危ない橋を渡った――――そういった認識はあったが、もう少しうまく立ち回れると過信していたらしい。 気が付いたら、自身のブーツや軍服は、濡れたような感触がしていた。 最早かぎなれてしまった鉄の臭いの出所は、太腿とわき腹辺りだろうか? いつの間にか受けていたらしい幾ばくかの裂傷は、自覚した途端にじくじくと痛み出してきた。 「油断していましたね…」 また傷が増えたと、陛下に怒られてしまうだろうか。 何故かこのような殺伐とした場で思い出すのは、緊張感のない顔をしたブウサギに囲まれている、即位したばかりの親友の姿だ。 どういう訳か、彼を思い出すとほっとする。 知らない内に彼に依存していたらしい事に気付き苦笑を浮かべると、どう後退すべきか指示を待っているであろうコントロールルームを 目指し、走り出した。 「―――――ジェイド大佐!!」 半分悲鳴じみた声で、副官のマルコが出迎える。 一瞬それを叱咤すべきか迷ったが、すぐに自身で気付いたらしい彼が大きく息を吐いて、努めて冷静さを取り戻そうとしている様子を見て、すぐに止めた。 気を取り直し、各々の報告を聞く。 「現状は?」 「先ほどの突撃で、左舷装甲の40%がダメージを受けました!また先ほど譜業兵器の応戦が右舷より来ましたが、そちらは損傷軽微ですッ」 「右方、三時の方向より敵陸艦が高速接近中!!このままだと30秒後に接触します!」 既に数々の無茶をやらかしていた為に、右舷は砲撃の一つも受け止められない程にボロボロになっていた。 このまま敵艦とぶつかれば、タルタロスは壊滅的な被害を受けてしまう―――――…。 「―――……左舷後方、状況は!」 「フリングス隊が防衛線を張っております!」 「…、フリングス隊に伝達!コンマ5で旋回後、左舷後方、七時の方角に撤退する―――――…………ッく!!?」 「ぅぁあああああ!?」 グガン、と、鈍い音と共に襲ってきた衝撃で、ジェイドは左方向に思い切り吹き飛ばされてしまった。 どうやら、到達前に一発、砲撃をお見舞いされたらしい。 他の兵達も、計器に顔を突っ込んでしまったり、体を打ち付けられたりして、各々苦悶の声を上げている。 中でもジェイドは足を負傷していたこともあってか、まともに吹っ飛んでしまい、衝撃で壊れたらしい機器へとぶつかってしまった。 「…大佐ッ!?」 「…………目を離すな!撤退準備と共に、伝達、終了し次第撤退だ…、!」 内部の板や管が、壊れたことで鋭さを増し、肩に深々と突き刺さってしまっている。 流れ出る血を腕で押さえながらふらりと立ち上がると、ジェイドは紅の瞳を一層鋭くして叫んだ。 ああ、やはり―――――久々の負け戦らしい。 出血で少し血の気が引き始めた唇を自嘲に歪めて、当初から拠点と定めていた場所のひとつであるセントビナーへ向かえ、と指示を出し。 その後は副官の必死の制止により、ジェイドは大人しくその場でうずくまることとなった―――――。 「―――――…」 すっかり煙も収まり、ただの血混じりの焼け野原と化したルグニカ平野。 その平野をぼんやりと眺めていたジェイドの背後に、ゆっくりと人の気配が近付いてきた。 一瞬救護兵かとも思ったが、そのどっしりとした足音は、予測を裏切っていて―――はて誰だろうと振り返ってみると、セントビナー をまとめているグレンの姿が目に入り、少し目を丸くする。 だが何も喋ろうとしない彼に、注意を払う必要はないだろうと判断して、ジェイドは再び平野へと目を向けた。 「……動くな、と命令した筈だったが?」 「そうでしたか?これは失礼いたしました。」 まるで敵に向けるような言葉でしたので、聞き間違いだと思っていました。 と、ジェイドは肩をすくめて笑ってみせる。 ただ突っ立って辺りを散歩している様子のジェイドだったが、その実、ヒーラーから絶対安静を言い渡されている身だった。 戦線も移動し、またにらみ合いの状態に戻った両国は、睨みを利かせる為の僅かな兵を残し、撤退している。 そんな中で重傷者だけが動かせずに、薬も揃っているからという理由でセントビナーに残っている、そんな状況。 ジェイドが未だにここにいるという事は、即ち彼も重傷者に入っているという事に他ならなかった。 実際ヒーラーから聞いた話なのだが、彼の怪我は失血量も含め、全兵の中でも凄まじい部類に入るらしい。 あれで動き回れたのは奇跡みたいなものだ、と、青ざめた顔で語っていた。 さすが、死霊使い――――そう、最後に呟いたのも、グレンの耳は確かに捉えていて。 彼、ジェイド・カーティスが人間離れしているという認識は、広く知れ渡っている。 だからこそヒーラーも、失血量に見合わない運動量を見せ、平然と動き回る彼の姿を、化け物の代名詞のように、さすが死霊使い、と称する。 肉体の酷使から、無意識に戦慄く青い唇だとか、僅かに噴出している冷や汗だとか。 そういった部分に気付かないまま、非人間のようなラベルを貼り付けている。 実際、そういう部分が多々あるから、グレンもそれを全否定するつもりはないのだが――――…包帯から滲み続けている鮮血は、やはり 人間なのだという認識に帰結する。 それが、周りの人間には欠落しているらしいのだが。 「夜には魔物も出る。その体で倒せるとでも言う気か?死霊使いめが」 「はっはっは。さすがに私も生身の人間ですから。大人しく魔物に食われてしまうかもしれません」 どこまで本気なのかは分からない―――――…だが、死ぬつもりなど毛頭ないであろう事は、先日セントビナーに撤退してきた時の目を見て 分かりきっていた。 「ふん…言っていろ。―――――じきに門を閉める。それまでに戻ることだ」 くるりと踵を返すと、無理に連れ帰るでもなく、あっさりとグレンは町へと戻っていく。 ……あの時の目。 何でもない風、さも自身の生にすら無関心そうに見えたあの目は、その奥に強い生への執着を示していた。 死霊使い、と揶揄されるジェイドとはおもえぬくらい、人間じみたあの目。 本当に奥底の本能的な部分からきているようで、その強さは普段現れる他の感情の比ではなかった。 そうして、本人は無意識であっても、必死になってまで生へと執着するその理由に、グレンはとっくに気付いている。 ふと様子を見にやって来た時、深い眠りの底にあった彼が小さく呟いたあの名の持ち主こそ、彼の生きる理由なのだ、と。 「『皇帝の懐刀』か………殊勝な事だ」 死霊使い、それもまた彼の二つ名だが。 戦場から帰ってすぐの彼を見る限りでは、そんな名よりも、程なく付けられるであろうこの二つ名の方が相応しいのかもしれない。 なんともいえない、自身でも説明できない感情を持て余したまま、グレンは疲れた風に溜息を漏らした。 +反省+ |