[食物連鎖] 食物連鎖、その頂点に立つのは、果たして人間なのだろうか。 確かにあらゆるものを屠る人間という生き物は、そういった意味では連鎖ピラミッドの頂点に位置するに値するのかもしれない。 だが、純粋な強さで言えば、力の強い魔物の方が、この位置につくという考え方もある。 しかし、そういった力ある魔物でさえも、人間はその知恵でもって倒してしまうから、やはりピラミッドの頂点に立つのは、人間なのだろうか――――――…。 「―――――…ジェイド?」 思索に耽っていたジェイドの耳に、聞き慣れすぎた声が聞こえてきた。 この闇でも隠しきれない、月光でもちらちらと光る金の髪と、動くたびにその存在を主張する、左頬に触れるか触れないかくらいの所に身に付けている装飾具。 それを眼鏡なしで眺める紅い瞳の視線を感じて、若き皇帝―――ピオニーは、幼子にするかのように、その瞳の持ち主の頭を優しく撫でてやった。 年齢に似つかわしくない表現です、と、いつもジェイドは嫌そうな表情をするのだが、彼は夜のベッドの上か、寝ている時だけは、愛らしいといつも思う。 昼間も今も、妹に負けず劣らずの美人ではあるのだが、昼間はとにかく口ばかりが達者で可愛くない。 しかし、こういう時だけは、減らず口を差し引いてもピオニーを惹き付けてやまない可愛らしさがあるのだ。 今も、こうして頭を撫でてやれば、気持ちいいのだろうか、僅かに目を細め、無意識なのか意図的なのか、少し身を寄せてくる。 スキンシップは好きではない、口ではそう言うものの、これではスキンシップが大好きなようにしか思えない。 現に、今だってピオニーと彼、ジェイドとの間を隔てるものはなく、ジェイドの少し低い体温が直接ピオニーの胸に伝わってくるし、擦り寄った肩には彼の艶やかで長い黄土の髪がかかって、少しばかりくすぐったかった。 「…何か?」 「――――…俺の傍で思考の海に耽るとはいい度胸じゃないか」 不穏な笑み―――それは、彼に焦がれる国中の女性が見たならば、男の色気に満ちた妖艶な笑み、とでも表現するのかもしれないが―――を浮かべた皇帝は、そう言って、まだ余韻の残るジェイドの素肌へと腕を回す。 それをジェイドは知らぬふりをしてかわしながら、余裕のある笑みで言い返した。 「いえ、考えていたのはあなたに関する事ですよ。私の思考にまで嫉妬とは、いよいよお年ですか、陛下」 考え事をしていた事は事実だったので否定はせず、代わりのように嫌味で応酬してやる。 すると彼は露骨に嫌そうな表情をしてジェイドを見たものだから、してやったりとジェイドは内心ほくそ笑んだ。 「――――――やはり、食物連鎖の頂点は人間のようですね。」 ジェイドは目の前の幼馴染を見て、ふと先ほどの考え事と合致させ、思わず口に出して苦笑してしまった。 随分と馬鹿らしい事を考えていたようだ。 呆けた表情をしているピオニーを見てそれを実感してしまった。 「人間は、同族である筈の人間ですら捕食しますからね。食物連鎖ピラミッドの頂点はやはり人間だ」 「それと俺と、どう関係があるんだ?」 暗に、いずこかの地方で子供の人間の肉を食っているという風習などのことを指しているのだと理解したピオニーは、少し険しい顔をする。 子供が大好きらしい彼は、そういった風習を理解はしているが許容はできないタイプなので、どうしてそんな話題と共に自分が引き合いに出されるのか、本当に分かっていないらしい。 自分の考えにしては本当に陳腐で馬鹿らしいものだとも思ったが、分からないから、と、腹いせにもう一度組み敷かれては明日の職務に支障をきたしてしまう。 そう思ったジェイドは、落ち着け、とでも言う風に軽く頬に口付けると、微笑んだ。 「あなたが考えたように、人間を物理的に食料として利用するのもそうですが、あなたも、私を捕食しています。言葉は違えど、まぁ似たようなものではありませんか?」 「……………」 「私自身馬鹿らしい思索だったとは思いましたが、このまま放っておいたら拗ねそうだったので。コメントは差し控えて下さいね、私も我ながら陳腐な考えだと思ってますから」 笑い出すか、呆れ返るか。 そのどちらかだと思ったので、ジェイドは先んじてそう言い置くと、いい加減に眠ってしまおうとピオニーから顔を背けた。 ここ数日は仕事が立て込んでいた事や、この30代独身のくせにやたらと元気な皇帝の無体のお陰で、本当に疲れてしまっている。 だからこんな馬鹿なことを考えていたのだと思うことにして、自分を誤魔化したかったのだ。 しかし、そんなジェイドの背後で途端に悪戯を思いついた子供のような表情へと変化したピオニーは、それを許さなかった。 「―――――ジェイド」 「…何ですか?私はもう寝――――…ッん」 振り返って文句を言おうとした口を塞がれたかと思えば、肩と腰をつかまれて強引に身体を引き寄せられ、ジェイドは眼前の金髪の主をじろりと睨みつけた。 だが睨みつけられた事など意に介さぬように、ピオニーはひどくご機嫌な笑みを浮かべ、首筋に顔を埋め新たな印を刻もうとしている。 「陛下…おっさんの分際でやけに元気なあなたのお陰で、私はとっても疲れているのですが?」 「食われる側のくせに意見するとは、生意気だぞ。ジェイド、お前の考える事は難しいし馬鹿みたいなものばかりだが、今回のはそう悪くない考えだな?」 「……………あなたなんかに話した私が馬鹿でした。」 「そうだな、馬鹿だ」 すぐに調子に乗るのはある程度分かっていたつもりだったのだが―――――…我ながら、失態だ。 ジェイドはそう思いながら、しかしそれすらも疲れのせいにする。 それに、いつものことなのだ。 この男に調子を崩されるのは、裏をかかれて驚かされるのは、今も昔も変わらない。 どういう訳なのか、軍人なのに腕力で――――特にベッドでの攻防戦においてこの男に勝てたためしのないジェイドは、早々に抵抗を諦めると、彼のその背に腕を回した。 +反省+ |