[貴方という存在] 水上公園の周りは、譜石の光で薄明るく照らされていて、普段よりも幻想的な雰囲気が漂っている。 グランコクマでも宮殿に次ぐ景観を誇る公園には、鎮魂祭の為に、大勢の人々が集まっていた。 この鎮魂祭というのは、マルクト帝国建国の頃から続く伝統的な祭で、国として独立する際に消えていった多くの命を慰める、という名目 で、毎年この時期に行われている。 元々は身近な人物を失った軍人や親族達でひっそりと行われていたものだったが、これを知った時の皇帝が、建国に関わった者を追悼 するのだから、と言って国の行事としたのが始まりだった。 今年も多くの国民と要人が参列する中、ジェイドも要人の一人――――アヴェニール中将の傍らで、行事が進行していくのを見守っていた。 「……ふむ。実に馬鹿らしい行事もあったものだな? 「…………はぁ、そうですね」 ジェイドは、唐突に名を―――それも通り名を呼ばれて、暫時どうしたものかと考えた後に小さく応じた。 何事かと、ちらりと視線をやれば、アヴェニールが小馬鹿にしたような笑みを貼り付けて、こちらをじっと見つめているのを確認し、見なければ 良かったと小さくため息をつく。 本当に、何が楽しくてピオニーの失脚を狙う男の警護などをしなければならないのだろう。 確かに死んだ者…それも最早知る者もいないであろう建国当時の戦没者を悼む祭など、考えてみれば馬鹿らしいのかもしれない。 だが、それでも長く続いているのは、この祭に何かしらプラスの意味があるからに他ならないのではないだろうか。 たとえば、この祭には特殊な、決して明るくはないのだが遠くまで光をいきわたらせる事のできる特殊な譜石を使用していて、普段見る 事のない幻想的で美しいグランコクマの姿が見れると評判で、国民には人気なのだ。 そういった意味では国民の心を癒すという効果があるし、建国当時の事を身近に感じさせるという点においては、教育にもなる。 だからこそ、歴代皇帝もこの祭を中止しようなどという考えの者はいなかった。 まぁ、アヴェニールのような強硬派からすれば、そんな予算があるなら軍備にまわせ、という意見なのだろうが。 それを言ってやれば、少し不機嫌そうな顔で、しかし不敵に笑い返された。 「若造の癖に、さすがは博士。聡いな」 「ちょっと考えればその辺の国民でも分かる事ですよ」 「……ふん、言ってくれる」 白髪の混じり始めている前髪の一房を横にどけながら、しかしその粘着質な視線はジェイドから外そうともしない。 先ほどから続く皮肉の応酬に、マクガヴァンが心配そうな顔をしているのが確認できたが、どうにも気分が落ち着かない。 自分の状態を正しく理解しながら、止まれなかった。 「―――――…ジェイド」 ともすればどんなことを言い出すのか分からない、と判断したのだろうか、誰かが式辞を述べている最中だというのに、とうとう マクガヴァンが一歩前へと出てきた。 「――――――後ろ、」 「…………は?」 彼が指して言ったのは、ジェイドの発言に対するものではなかったらしい。 微妙にずれた視線と指先が自分に向けられていない事を知ると、はて、とジェイドは訝しく思いながら、視線の先を辿る。 ―――――と。 「よぉ」 「…………ッピオニー…殿下!?」 「鎮魂祭だってな。俺は一度も出たことがなかったから、覗きに来た」 思わずジェイドが名を呼んでしまい、まわりがざわめき始める。 ピオニーは普段あまり宮殿からは出ない為、名ばかりは次期皇帝に近い者として有名になっていたのだ。 それはひとえに、多くの危険を避ける為だったのだが。 しかしそのせいで、少々軽めの装備で気さくに笑う若者の姿に、まわりの要人は一層驚き、戸惑っているようだった。 「フリングス少佐がご一緒だったのでは…?」 そう、手配した筈だったのに。 何処かで何か手違いが起こり、実際には彼が非番になっていたとも知らず、ジェイドは思った事をそのまま口にする。 いいや、となんでもない風に答えるピオニーを見ながら、彼は無意識だろうがアヴェニールの元を離れてピオニーの壁になるような位置に移動 しようとしていた。 「――――カーティス大尉、職務放棄かね?」 「!」 冷たい声でアヴェニールに指摘されて、初めてジェイドは自分の行動に気が付いた。 今最も危険な状況にあるのはピオニーであると知っている為に、どうやら知らない内に体が動いていたようだ。 少し考えれば、ここで咄嗟に彼を守る役目に任ぜられるのは、要人達の中でも複数護衛をつけている人物の護衛をまわしてもらうか、外の 警備の者から何人か仕えそうな者をかき集めてくるというのが自然の流れだと分かる筈なのに。 短絡的な己を律しようと無表情を作りながら、ジェイドは「申し訳ありません」と元の位置に戻る。 だが、内心はそれとは裏腹に、煮えくり返っていた。 信用ならない他者、それもどちらの派閥かも分からない馬の骨に、ピオニーの命が守れるのか。 もし何かが起こった時、どうしてくれようか。 誰かが慌てた様子でピオニーの椅子を用意し、それに座ろうとしている彼の姿を追いかけながら、ジェイドの瞳は剣呑として輝いていた。 「…………ジェイドや」 「…はい?」 祭は滞りなく進行している。 それだけを目の端に捉えながらすぐ傍のマクガヴァンが呼ぶので返答すると、呆れたような声が降りかかってきた。 「命令変更じゃ。お前さんはピオニー殿下の警護にまわりなさい」 よほど分かりやすい顔をしていたのだろうか―――――呆れながらもからかうような目をした将軍を見て、ジェイドは一瞬しかめ面を 作る。 だが、幸いとばかりにアヴェニールとマクガヴァンに一礼すると、代わりがやって来るのも待たず即座に彼の傍を離れてピオニーの横へと 移動した。 「ジェイド、簡潔に説明してくれるか」 こちらの苦労を知りもしないで―――――…さも当然のように椅子へと腰掛けているピオニーは、邪気のない笑みを浮かべて横に立つジェ イドを仰ぎ見た。 元より今日のハードスケジュールで溜まっていた肉体的な疲労に加えて、先ほどのアヴェニールとのやりとりでも精神的疲労を溜めていた ジェイドからすれば、これ以上の心労は避けたかったのだが、どうしてこの馬鹿には察してもらえないのだろう。 溜息と、本人ですらそうとは気付かない安堵の息とが出そうになるのをなんとか堪え、ジェイドは至極生真面目な声音で世間一般の解説をしてやる。 「―――――へぇ?で、最後は水路にその舟みたいなのを流す、のか」 「はい。何でも、その灯りが死者を弔う意味があるとかで」 「ふーん…でもまぁ、公園の灯りもそうだが、綺麗なもんだな」 祭りの本来の意味を解説したというのに、それについては気にしていないのか、楽しそうに周りを眺めている。 確かに、綺麗だからとこの祭りを楽しみにしている国民が多いのだが――――――… 「……こんなに綺麗なら、国民もさぞや楽しんでいるだろう。来年は、公園だけじゃなくて街全体をこれにしてもいいかもなぁ?」 ―――――成る程。 勝手に宮殿を抜け出してきたこの馬鹿男に怒りを覚えていた筈のジェイドは、ぽつりと呟いたその一言で、その怒りを忘れ、感心して しまった。 彼は、天性の感性か努力の上での洞察力なのかは分からないが、国民の立場になってものを考えることが出来るらしい。 皇帝や上層部がこの祭を大きくするのは、あくまで建国の歴史を改めて国民に刻み付ける、というのが一番の理由だ。 しかし実際、民衆はその意義以上に、祭りそのものの美しさを楽しみにしている。 綺麗なものを愛でたいという思いは素直で純粋な感情だろう――――だが、どうにも政治の世界にいるとそういったことには疎くなるらしく 、ジェイドも含めあまりそういった点に真っ先に目が行く者はいなかった。 政治とは、そもそも国を動かしていく―――それはすなわち国民を動かし、かつ国民の為に国を保持していくことに他ならないことを考えれば、 彼のその視点は貴重なものだと、素直にジェイドは感心したのだ。 ピオニーに、その重大性が理解できているかどうかは知らないが。 ジェイドは先ほどまでの刺々しい状態が嘘のように、普段からは考えられない、随分と穏やかな苦笑を浮かべる。 そして僅かに身を屈めたかと思うと、ぼんやりとした灯りの譜石の構造やその他細かい事まで解説してやり、彼の退屈を誤魔化してやった。 祭りそれ自体はそう長くはなかったので、ピオニーが乱入してから程なく、最終段階である小舟流しの行列が水路へと近付いてきた。 あれを流し、見えなくなるまで見送るのだ。 「…………」 「………ジェイド?」 「はい?」 何となく、彼らしくもなくぼんやりしている風に見えたので、思わずピオニーは小舟を捧げ持つ列から目を離してジェイドを見る。 だが振り返ったジェイドはいつも通りの反応をしてみせたものだから、思い違いか、と首を振った。 実際には、疼痛でピオニーの思った通り少々意識が霧散していたのだが――――それは、彼の与り知らぬ事である。 「…………ああ、これを見届けたら早急に宮殿に戻ってくださいね」 涼しげな顔だが実際には少々体調の思わしくないジェイドは、早くこの状況に終わりが来ることをひたすらに待っていた。 ―――――この人の多い公園の中で、穏健派であるピオニーが狙われる可能性は、非常に高いのだ。 体調の事も相俟って、完璧に彼を守りきる自信はあまりない。 ここに信用の置ける護衛がもう一人くらい居れば、また別なのだが。 出来ることなら、人がどっと移動していくであろう、舟が流れ去って行くのを見送る、その前にはここを出てしまいたいのだが―――― きっとピオニーのことだ、最後までいたいと言うだろう。 それならば、その時間まで、何とかして気を張っていなければ。 義務というよりも自己脅迫に近い感情で己を律して、ジェイドは変わらずピオニーの傍に張り付いていた。 何も起こらなければいい―――――…そう、願って。 …………………… ………………………… ざわ、と。 少しばかり場の空気が変わったのを察して、ジェイドはハッとして辺りを見回した。 「―――――ジェイド!」 固い声でマクガヴァンに名を呼ばれながらも、一体何事か、と状況把握に全神経を集中させる。 遠くで、人々が慌てているような声、駆けて行く靴音が響いている。 そして気になるのが、先ほどまではなかった、妙な匂い。 ………これは。 「どうやら火事のようです。―――――状況は確認できていませんが、小舟の中心にあるろうそくが燃え移ったのかも知れません」 「何をしている、早く鎮火に回らないか!」 「私は先ほどマクガヴァン将軍よりピオニー殿下護衛の任を承りました。殿下のお傍を離れる訳に………は」 いきなりアヴェニールに腕を捕まれ、その不快さに眉を顰める。 だがここで引き下がってなるものかと、その手を振り解かないまま紅の瞳でじっと睨めつけて――――――彼の背後に光る何かを捉えた。 それは一瞬のことだった。 驚いてなりふり構わずにアヴェニールの腕を振り払い、光が見えた場所を探し出そうと目を凝らすが、人の波が右へ左へと乱れ散っていて、 何処だったのかさっぱり定められない。 そうこうしているうちに、何を思ったのだろう―――集団の一部が、混乱したままこちらへと押し寄せてきて。 「――――――…!!」 また、光った。 今度はジェイドの目ではっきりと確認できた事から、即座にそれとピオニーとの直線距離上に立ちはだかり、槍を構える。 そして2、3拍程の間を置いて飛んできた短刀を、造作もなく叩き伏せてしまった。 「…ッジェイド!」 「殿下!?」 大丈夫ですか―――――…そう尋ねようと振り返ったら、予想以上の近距離にピオニーの顔。 しかも、彼は護身用にと持ってきていたらしい脇差に手を伸ばしているではないか。 「余所見するな、この馬鹿!!」 叱咤の声と共に、ジェイドのすぐ横を薙ぐ。 「ッぐ…!」 すると、すぐそこまで迫っていたらしい男の手元に当たり、無様な声と共に男が手を押さえてうずくまる。 数秒遅れてカラン、と乾いた音を立てて落ちてきたのは、妙な色をした短刀だった。 それとほぼ同時に、人ごみの向こうでも捕り物らしい騒ぎが聞こえてきて、少し普段より鈍った頭脳が混乱し始めた。 「ここにおられましたか、殿下」 「おお、アスラン。ご苦労だったな」 「この男含め、今回襲撃を画策した者は概ね捕えました」 捕り物の中心―――そこから人ごみを掻き分けて出てきたのは、フリングスだった。 ちら、と、表情の読めないアヴェニールの方を見ながら、彼は用件だけを報告し、仕事は終わったとばかりに駆け足でその場から去って行く。 彼が捕り物に関わっていたのだろう、袖に少々切れ目が出来ていた上に、剣は抜いたままだった。 「ここに居たら、また何があるか分からん。急いで戻ろう」 ピオニーを狙っていた輩が、こんなに多かったのか。 事前に予測していた以上の人員が関わっていたのを目の当たりにして、ジェイドは愕然としていた。 何とか彼に危害が及ぶ事はなかったが、守るべきピオニーの手まで煩わせるだなんて。 どこか焦った風に自分の腕を引くピオニーに、ジェイドは情けないやら悔しいやら、自責の念にかられていたのだが、ピオニーの顔に傷を 見つけて、なすがままだった体をびくりと硬直させた。 「…それは」 「―――――…?」 いわゆる「泣き黒子」などがありそうな場所に、僅かだが血の筋が出来ている。 浅黒い肌である為にとても分かりづらいが、それが先ほど暴漢から弾き落とした毒刃のものだという結論にすぐに辿り着いたジェイドの 行動は、恐ろしく早かった。 「ジェイド!?」 珍しく慌てるピオニーの制止など聞きもしないで、当然のようにジェイドはずい、と詰め寄ってきて、ぺろ、とその痕を舐めてしまった。 しかも、一度や二度ではなく、その場にいた他の要人達の時間すら止める勢いで、何度も。 そのいやに丁寧でゆっくりとした動作は、角度によってはキスをしているようにも見えて、さすがのピオニーもうろたえてしまい、突き放す 事さえ忘れてしまっていた。 「毒刃の傷を放置してはいけません!全く――――私のように毒にある程度耐性があれば良いですが、貴方のような訓練を受けていない者 がこんなものを放っておいたらどうなるか…」 「いや、待て、お前」 彼からすれば、至極真っ当な事をしたつもりなのだろう―――――…というより、命に関わる、という咄嗟の事態だったので気にもかけて いないのだろうが。 ピオニーからすれば、そんな恥ずかしい事をした事にも気付かないくらい自分を心配してくれていたのだという嬉しさと、公衆の面前で キスをしたにも等しい事をされたという照れと、何だかよく分からない感情が渦巻いてしまって、命の危険だのなんだのというのは全く 頭から抜け落ちてしまっていた。 「―――――何か文句でも?」 「……いや、だから、」 お前、今自分が何したか、分かってるのか…? 努めて冷静さを装った声でそう指摘してやると、ぴた、とジェイドの動きと表情が停止する。 ケテルブルクでも見たことのない、色々な感情の津波を起こしている無表情だった。 ブウサギを前にしたジェイドの反応以上に面白くてずっと見ていたくなったが、この状況のままもまずいと思い、ピオニー はともかくこの場の収拾に取り掛かることにする。 「あー…、とりあえずこの場はアスランに任せる事にして、皆戻ろう」 いきなり借りてきた猫のように大人しくなってしまったジェイドを隠すように立ちはだかり、皆にそう告げると、ピオニーもどこか 落ち着かない様子で、早々に宮殿へと引き上げてしまった。 引きずられるようにして宮殿に連れて行かれ、ピオニーの部屋まで辿り着く頃には、どうにかジェイドは思考回路が動き始めていた。 とりあえず、毒だという気持ちの方が先に行ってしまい、周囲に人がいる事、果ては刃の当たった位置が微妙な場所である事など全く 考慮していなかったらしい。 舌に残る劇物の味に顔をしかめながらも、今更自分のしでかした事が恥ずかしくなってくる。 いくら、彼の身体に回る毒の量を減らしたいからと思っても、あのような行動に出るのは――――――…。 確かに軍人の方が…というより、ジェイドの方が毒に関して耐性があって、舐め取るという行動は有効だし理に適ってはいる。 しかし、ピオニーとてそれなりに毒を盛られるような機会があった訳なのだから、考えてみればあそこまでする必要はなかったのだ。 事実ピオニーは毒の処置をしていないというのにけろりとしているし、自分にも、少々熱が出ている以外には殆ど症状が出ていない。 つまりは、その程度の量しか頬についていなかった、という事。 傷跡からしても、それは明白だった。 …それなのに、気がついたらあんな行動に出ていた。 近くにいなければ気付かないような軽い傷如きで、あれだけ取り乱している姿を曝してしまったというのは、ジェイドとしては一生でも 数えるくらいの不覚かもしれない。 ……と、ピオニーが荒っぽく扉を閉める音が聞こえるまで、ジェイドはずっと一人で考え込んでいた。 「――――――…おい、ジェイド」 もう傷口はうっすらとしか残っていないピオニーが、未だ思考の世界にいる彼に声をかける。 「……申し訳、ありませんでした」 「は…?」 「貴方を守るのが仕事だというのに、貴方にまで剣を抜かせた」 「――――馬鹿、お前…それは、」 混乱していたが、考えをまとめていたら基本的な失態を思い出したのだろう、表面上は普段の無表情なのだが、その内側から後悔と自らを責 める思いが噴出しているようだった。 だが、それは違う。 そう伝えたくて、ピオニーは自らを責めようとするジェイドの言葉を強い調子で遮った。 「あれは、お前の方が狙われたんだ」 「?……そんな訳が」 「お前も中将が関係している情報を掴んだんだろうが、アレには元々、まず先にお前を暗殺する計画があった」 訳が分からない、とばかりに目を見開くジェイドに、ピオニーは苦笑するしかなかった。 「フォミクリーの中心だったお前と、あの研究における色々とまずい部分を、今の皇帝にふっかけない為に――――…アヴェニールはまず お前を暗殺して研究の根幹に関わっていた存在を潰して、それをそのまま俺の罪にすり替えようとしてたんだ」 「!」 彼の言葉で、ジェイドはようやく不可解な点に納得がいった。 あの祭の警備にやけにピオニー派の者が多かった事、そして最も皇帝に近いピオニーの招待がなかったこと。 恐らくは犯人をうやむやにして、ピオニー派の者が多い事から、その内の誰かに罪をなすりつけ、本人が来ていないという事はすなわち 、少なからず一連の暗殺劇で自分にも被害があるかも分からないから―――――…そういった筋書き故のものだったのだ。 元々、ジェイドの聞いた話は断片的過ぎていた。 そこから必死に情報のかけらをかき集めて、暗殺計画があるという情報を掴んだ時、何の疑いもなくピオニーを狙ったものだと考えてしま っていた。 蜘蛛の頭を潰す戦法と同じくらい、まわりから潰していく戦法や頭を不利な状況に追い込んでいくという戦法もよく使われ るというのに、だ。 ピオニーが狙われていると思うと、思考回路が鈍ってしまうのだろうか。 「だから、俺はあえて乱入した、という訳だ」 何処か偉そうにそう続けた所で、タイミングよくノックの音が響く。 やって来たのは、フリングスだった。 「殿下、お怪我の方は――――…あ」 彼も、もしかしてもしかしなくても、あのシーンを目撃していたのだろう、不自然に会話を途切れさせたかと思うと、ゴホンと咳払いをして 話題を修正する。 「今回の首謀者とみられる者は全て逮捕しました。ですが、尋問の様子を見る限りでは――――…」 「ああ、分かってる。絶対に口を割らないだろうな。………それで構わん」 「それと、先ほどお話が聞こえてしまったので、申し上げたいのですが」 「…なんだ?」 「殿下、報告書は全て読まれましたか?――――――…あの一件で、殺すまではなくとも、殿下にも危害の及ぶようなことが計画されていた そうですよ。大尉は…それが心配だったのではありませんか?」 「……!」 何処か笑いを含んだ視線を向けられ、ジェイドは思わず息を詰めた。 やはりというか何と言うか、見透かされてしまっている。 例え、フリングスのように事情を知らなくとも、公衆の面前であれだけ過剰に反応しているのを見れば、ジェイドがピオニー派に属するで あろう事は明白だった。 せっかく、隠し通していたというのに―――――…フリングスの言葉で確信を深めたらしいピオニーも、にやにやと笑いながらこちらを 見ている。 ――――――ああ、何てことだ。 「――――――…失礼します」 「おい、話はまだ終わってないぞ、ジェイド!」 いつになく素早い動作で踵を返したかと思うと、ピオニーの制止も聞かないでさっさと部屋を退室してしまった。 しかも、退室許可を請うのも忘れてしまっていた事自体も珍しくて、バタンと大きな音を立てて閉まった扉を見るなり、ピオニーは耐えられず に吹き出した。 「……見たか、あの顔!」 「え?ええ……」 フリングスにはただの無表情にしか見えなかったが、ピオニーには分かったらしい。 至極楽しそうに笑いながら、寝起きらしい子ブウサギが近付いてきたのを抱き上げた。 「明日から、あいつも完璧にこっち側だな」 こっち側、とは、暗にピオニー派という事だ。 これまでジェイドが個人的に動いていたので、そうだと明言するのは避けていたピオニーだったが、あそこまで明白な行動をしてしまえば、 彼ももう個人的に動いてはいられなくなる。 表では中立、裏ではピオニー派という立場上、彼に関しては知らないフリをしていなければならなかったが、これから表向きに堂々と彼を使えるのだと思うと、ピオニーは口元がにやけてきて しまうのを抑えられなかった。 next→[] +反省+ |