[ちらりと見えた素肌] ―――――戦場になったのがセントビナー周辺でさえなければ、こんな役回りはまわってこなかったのに。 怪我人の収容を指揮しながら、グレンは一人悪態をついていた。 今自分がいるセントビナー、その城壁の向こうには、煙と人の叫び声とが響き渡っている。 自身が出陣できればいいのだが、後方支援、という陛下の勅命がある手前、ここから動くことができないもどかしさに、ひどくいらだちを覚えていた。 平原で起こっているあれは、久々の大きな戦だった。 ルグニカ平野を覆いつくす勢いの両軍の兵士と、ひしめき合う戦艦。 激しい砲火が頭上を飛び交う中で、兵の負傷が少ないだなんて都合の良いことはなく、次々に兵が倒れ、彼らの流した血で大地が赤く染まっていく。 グレンに力がない訳では決してない。 出陣すれば、戦果を挙げることは決して難しいことではない―――そう自負するくらいには、力がある。 だが、それでも陛下から言い渡されたのは後方支援、しかも怪我人の救護だというのだから、拍子抜けも良い所。 華々しく戦場を駆け抜け、あの死霊使いをも閉口させてやりたいと願っていた自分としては、不満極まりない役割だった。 「これ、そんな顔をするでない。適材適所というであろうが」 「父上…」 そんなことをしなくても良いのに、忙しそうに医療具を運ぶのを手伝う傍ら、父の老マクガヴァンはグレンを小突く。 「エンゲーブが食の拠点ならば、セントビナーは薬の拠点。ここを落とされないだけの武力は必要じゃが、肝心の薬が絶たれるという危険を冒してまで出陣するなど、意味のないことなんじゃ」 父の言うことは分かっているつもりだが―――――しかし、あの鼻につく笑い方をする懐刀とやらが派手な活躍をするというのは、やはり許せないことだ。 態度ではしぶしぶ納得した風にみせたものの、内心はささくれ立ったままだった。 が、そんな折――――第三師団が壊滅状態、との一報が入り、セントビナーが慌しくなる。 全滅ではないにしろ、相当なダメージを受け、今タルタロスと共に第三師団は総員退避し、セントビナーへと戻ってきているらしい。 一気に騒がしく走り回り始めた周囲を落ち着かせながら、グレンはどんな嫌味で迎えてやろうかと考えていた。 小さな街に一陸艦が横付けされると、中からどっと怪我人が飛び出してきた。 軽症の者が重症の兵をかついでいたり、あるいは壊れた機関の一部で即席の担架を作り、それで運び出したり。 そんな兵たちをここまで運んできたタルタロスの方も、所々に火花が散っていたり変な風に装甲版が歪んでいたりして、まさしく満身創痍の一言に尽きる姿。 第三師団――――というより、ジェイド用にとカスタマイズされている特別な陸艦だというのに、なんという有様だろう。 自分の師団がこんな姿で、指揮官のあの男は、一体どのような顔を下げてここへとやってくるのだろうか。 嘲りの思いを抑えられないまま、グレンは降りてきてすぐの師団長――――ジェイド・カーティス大佐を一目見てやろうと、入り口でじっと待ち構えていた。 「おい、カーティス大佐はどうした?」 しかし、いつまで経っても出てこないのを訝しく思い、もしや既に艦を降りてしまっていたのだろうかと、艦の近くで応急処置を受けていた一人に聞くと。 「……大佐は、確かまだ艦内で応急処置を受けているところかと」 「応急?わざわざ艦内でか」 そんなにこちらに顔を見せたくないのだろうか? ここで待っていても出てこなさそうだと感じたグレンは、ひしゃげた入り口からタルタロス内部へと入っていき、ジェイドがいるであろうメインルームを目指した。 譜術の砲火に幾度となく耐えたのだろう、装甲版は所々が焼け焦げ、溶けているところすらあった。 メインコントロールルームであろう扉を開くと、やはり歪んでいるためか、ゆっくりと扉が開いて、中では未だに動けない兵が、うめき声を上げていた。 指揮官席にもジェイドの姿が見当たらなくて、はてどこだろう、とグレンは一通りそこを見回して―――そこでようやく、下方でうずくまっているジェイドの姿を発見した。 「――――血が止まる程度で構いませんから」 必死の形相で応急処置にあたっている兵に、彼は淡々とそう告げている。 涼しげな声音だが、その実ジェイドは目を背けたくなるような酷い怪我を負っていた。 打撲なのだろうか、変色した首周りや肩、それに、タルタロスで指揮を取っていただけではつかないであろう、砂汚れや大小様々な切り傷。 一番大きな怪我は、恐らく右肩の、血でどんな怪我かも分からない箇所だろう。 度合いは分からないが、ともかく相当な重傷である事だけは理解できる。 自身の艦と同様、指揮官たるジェイドも、満身創痍といっても過言ではない状態だった。 彼の頭上には血に濡れ、壊れた譜業の機材があったから、もしかするとそこにでも肩をぶつけたのかもしれない。 遠目から見ていたが、艦同士、激しい戦闘を繰り広げていたから…内部の人間がその衝撃で吹っ飛ぶ、なんていうのは容易に想像できることだ。 未だに血が噴出し続けるその箇所…肩を、ジェイドはまるで他人事のように淡々と見つめていた。 何とかその出血を止めようと、救護兵は奮闘しているのだが――――無駄だとばかりにジェイドは苦笑して、そのまま立ち上がろうとする。 ふら、とよろめいたものの、ジェイドの行動に慌てて立ち上がった救護兵が支えたので、事なきを得た。 さすがに、処置の為に開かれた襟を正すことはできなかったのだろう、普段は見えない白い肌が、ゆらりと歩き出す度に黒のアンダーの隙間からちらりと見える。 その肌色は、しかし近くで見ると元の白というよりは赤黒い部分の方が多くて、それでも平然と外へ出て行こうとするジェイドの姿は、逆に痛ましく映った。 先ほどまでの、出陣できない、ジェイドに手柄を取られるという苛立ちで機嫌の悪かったグレンは、その姿を見て別の意味で苛々とした。 やせ我慢など―――――全く、面白くない男だ。 ふらふらと出口へ向かおうとするジェイドの前に立ちはだかると、グレンは驚いているらしいジェイドを一睨みして、その後ろからおろおろとした様子で付いてきた救護兵に、怒鳴りつける。 「ヒーラーを呼ばんか!止血では埒があかない」 「将軍…」 驚いた風に、ジェイドがグレンを見つめる。 だが、ボロボロのその体と同様、ひどく頼りない表情をしていたものだから―――グレンの苛立ちは益々募っていく。 違うのだ。 こんな風に、大きな戦とはいえ敵に不覚を取り、まともに歩けなくなる程弱った男を踏みつけてのし上がるのが、自分の道ではない。 もっと、自信に満ち溢れ、強い――――そんな奴を、私は踏み台にしていくのだ。 そのためには、こんな場所で瀕死になられては、困る。 「勘違いするなよ」 あくまで、今後この男を思い切り踏みつけてやる為に、今助けてやるのだ。 決して、あの白い肌が変色してしまっている姿の痛ましさだとか、多量の失血だというのにやせ我慢をしている姿を見ていられなかっただとか、滅多に見られない素肌に不覚にもどきりとしただとか、そういった理由では全くない。 そう自分に言い聞かせながら、知らず知らずのうちに、ジェイドに肩を貸してやっていた。 +反省+ |