[赤く染まった目許] 赤い瞳が、まず印象的だと思った。 水上の帝都はどこもかしこも青色が多く、また軍人も揃って蒼の軍服をまとっていたものだから、尚のこと。 だからこそ、入隊当初から彼の瞳は鮮烈に印象に残って、目が離せなくなって。 気がついたら、事あるごとに彼の行動を視線で追いかけている自分がいた。 それは階級が上がってからも変わることはなく…というよりもエスカレートしていって、今日も、休憩時間にいそいそと歩いていく彼―――ジェイドの姿が目に入って、微動だにはしなかったが、目だけは正直に追ってしまっていた。 もちろん仕事があるので追いかけたりはしないのだが、やはり気になってしまって仕事は手につく筈もなく、サインする書類を間違えたり、サインそのものを間違えてしまったり、部下の説明をうっかり聞き逃してしまったり…ミスばかりを連発してしまう。 「――――…あ」 そして、また一つ。 調査報告書を作成するのに必要だからとストックしておいた本を、間違えて他の本と一緒に資料室に返却してしまっていた事に気付き、アスランは慌てて立ち上がった。 「すまない。…資料室に行って来る」 短くそれだけを告げると、執務室を飛び出していく。 報告書の提出期限は明日の朝一番で、どうしても今日中に目を通してしまわないと、間に合わない。 慌しく宮殿内の資料室へと入っていく若き上官の姿に、兵達は戸惑った風な視線を向けていた。 そう広くはない資料室を開けると、すぐに青の軍服姿―――軍人の姿が目に入った。 彼は作業台に上って、上のほうにあるらしい本を取ろうと手を伸ばしている。 その所作よりも何よりも、資料室という場に軍人の姿が見られるというのは非常に稀で、一瞬、それが誰なのかという前に驚いてその人物をじっと見ていたら、彼の身体がぐらりと傾いだ。 「…っ危な…!!」 叫んでいる場合ではない、そう思ったアスランは、まずは救出だと駆け寄った。 崩れ落ちていく本は、悪いと思いながらも払いのけて、その人物の頭に当たらないようにする。 後ろ向きに倒れそうになっていた彼を身体全体で受け止めると、肩にかかるくらいの長さのハニーブロンドが、アスランの首筋をくすぐった。 「……ありがとう、ございます」 「いえ――――あ…」 振り返って苦笑を浮かべたのは、なんとジェイドだった。 眼鏡は何処かに落としてしまったのか、かけてはおらず、紅の瞳がそのままアスランを映し出している。 そんな些細なことに胸を高鳴らせていたのだが、唐突にジェイドは目をつぶってしまった。 「…?どうしました?」 「目に…埃が」 「大丈夫ですか??水道の所へっ…」 涙さえ浮かべている彼の姿を見て、アスランはジェイドを支えたまま慌てて立ち上がった。 落ち着いた外見に似合わないその慌しい行動に驚いて、ジェイドは再びバランスを崩す。 それに一瞬遅れて気付いたアスランは、ジェイドの二の腕を掴むことで、倒れることを防いだ。 「すっ…すみません!」 「いいえ、お気になさらずに。ああ、…水で洗わなくとも大丈夫なようです」 痛みが取れたのだろう、目許に持っていっていた指をどけて、ジェイドがこちらを見上げた。 体勢を立て直してアスランの方を振り返る。 しかし、平気そうに笑ってはいても、先ほどまで擦っていたせいで目許は真っ赤に染まってしまっていた。 「ご迷惑をおかけしました。フリングス少将」 「……………ぇ、あ」 「?」 生理的なものであるとは分かっているが、赤く潤んでいる瞳は、彼を気にしているアスランにとっては、色々な意味で目に毒で。 「し、失礼します!!」 「え…あの」 よもや自分の存在そのものが彼の挙動不審の原因になっているとは気付かず、嵐のように駆け去っていってしまったアスランの背を、ジェイドは所在なさげに見送った。 +反省+ |