[箪笥の上の人形 別Ver.] 兄が、怖い。 そう語る私を、ルークさんは複雑そうな顔で見つめていた。 事実、私の家族は兄を恐れていたし、幼くしてフォミクリーについての技術を確立し、その上論文や本まで書き上げて しまっていた子どもの存在というのは、街の人にとっても羨望の対象であり、同時に畏怖の存在だったようだった。 全ての始まり――――レプリカのルークという存在を作る基となった最初のフォミクリーの術は、私が人形を壊してしまった ことから始まった。 兄は、壊れた人形を見て泣く私を見つけると、フォミクリーの理論を基礎とした術で、人形のレプリカを作ってくれた。 そのレプリカの人形は、今も大事に箪笥の上に飾ってある。 子どもの頃から今までずっと使っている箪笥は、背の高いものだから、結局結婚してそれを持ち出すまで、一度も両親に気付かれる事はなかった。 見つけたら、きっと「捨てろ」と怒っただろうから、本当によかったと思う。 子どもだった私は、レプリカを作るという光景を見て、まず怖いだの何だのという感想を抱く前に、「すごい」と、純粋に兄を尊敬した。 怖いだなんて――――全く思わなくて、ただ、兄が私の泣く姿を見て助けの手を入れてくれた事が嬉しくて。 興奮したまま、母に事の顛末を報告したものだった。 母は、きっと私の話を聞いて、とても表現できないような顔をしていたのだろう。 だけど、私はそれにも気づかないくらい、舞い上がっていた。 だって、兄が。 とても冷たい目をしていて、譜術にしか興味がなさそうで、本にばかり目を向けている――――…そう、人にすら興味が薄い兄が。 そんな人が、まさか私の泣き声に反応して様子を見に来てくれて、その上泣き止むようにと、まだ試したことのない術を使って くれるなんて。 それだけで、私は自分が兄にとって大切な存在だったのだという証明のような気がして、とても嬉しかった。 レプリカ技術を作り出したという事で、周りからは一層遠巻きにされたけれど、私にとっては自慢の兄だった。 だけど、塾の子ども達すら、兄を怖がり近づかなくなっていって、私の友達すら兄を恐れるような発言をするようになって、 仕方なく私も怖い、という素振りをするようになった。 実際は…違っていたのだけれど。 だって、フォミクリーというのはとても便利で有益な技術なのでしょう? そう、バルフォアの家を訪ねる軍服の大人たちは、口々に兄を賞賛していたもの。 だから、私には恐れる理由が分からなかった。 でも、周りの人が兄を遠巻きにするようになったお陰で、私は更に兄の近くにいられるようになった。 ピオニー様とサフィール以外、兄に近づく人はいなくて。 これで、一番近いのはきっと私だけになるんだって、暗い喜びに浸っていたの。 ―――――…だけど、ある時から急に、ピオニー様と兄の距離が近くなっていった。 理由なんて分からない。 私でも出来ないくらいの近い距離で、同じ視線で、同じ視点で。 そうやって私の兄と対等に語り合うあの方が、尊い身分にあって、兄とは正反対にみんなに慕われているあの方が、とても憎らしく思えた。 それなのに、ある日、何故か私の所へ来たかと思うと、 『ネフリー…その、好きなんだ。』 告白、された。 私の何処が良かったのかは、未だに分からない。 だけど、あの方は私にそう仰った。 あれだけ兄の傍にいて、好きなだけ私の居場所だった兄の隣に居座って。 それで、私に告白をする。 正直、私には恋愛感情なんて浮かばなかった。 …兄の隣を奪ったこの方を好きになんてなれそうになかったけれど、それでも私は首を縦に振った。 この方を、少しでも兄から引き離したかった。 その後は周知の通り、グランコクマへと戻るあの方の手を離す事で、あの方の初恋と呼ばれた遊戯は、終わりを告げた。 酷い、だなんて思わない。 だって、最初にあの方が兄を奪ったのがいけないのだから――――――…。 ―――――――初恋の人が忘れられないんですよ。 そう、陛下が結婚なさらない理由を説明している兄に、つい本当のことを言いたくなってしまうけれど、今日まで何とか言わずにいる。 ねぇ、お兄さん。 あなたを孤独にしたフォミクリーの技術は、どうして封印してしまったの? ずっと研究していたら、お兄さんはずっと孤独で、ずっと私だけのお兄さんだったかもしれないのに―――――…。 ルークさんには怖いと言ったけれど、私はあなたを尊敬しているわ。 …とても。 +反省+ |