[香水]



























「お前にそんな洒落っ気があるとは思わなかったよ」

彼が何かの気まぐれで飼い始めたブウサギの様子を見に激務の合間を縫ってやって来てみたら、ジェイドの背後で感慨深げに呟く声が聞こえてきた。
おおかた、ベッドに寝そべっている彼の前を通り過ぎた時に香水の匂いでもしたのだろう。
確かに、幼少の頃を思えば、自分にはこのようなものをつけるようになるとは想像もつかない。
自分でもそう思えるくらいに、あの頃は研究の二文字しか頭になかったのだから。
珍しく、意図的に思い出さないようにしていた過去の記憶を手繰り寄せながら、ジェイドは相槌を打った。

「そうですねぇ、私もそう思いますよ」

「中々いい趣味してるじゃねぇか。」

なんで今まで気付かなかったんだろうな〜と、世間話のように呟きながら、ブウサギの…というか、ジェイドの隣へと歩いてくる。
そして肩に顔を埋め、またその香りを確かめた。
一瞬ひやり、と背筋が凍ったが、そうとは気付かれぬよう、小さく息をついてやり過ごした。
すっかり以前と変わらぬ――――とは言い切れないが、何とか前の関係に近づいたせいなのだろう、最近ピオニーはこうしたスキンシップを取ることが多くなっている。
しかし、ジェイドとしては、これ自体が嫌だとか、好きだとか、そういった意味ではなく、あまり好ましい事だとは思っていない。
いつ自らの行っている所業に気付かれるのかと――――…何故か、怖くなるのだ。

「この前の女よりはよっぽどマシだ。何処のだ?」

「秘密です。ご自分でこの香りをいヒントに探されてはいかがですか?」

この前の―――とは、どこぞの臣下が勧めてきたどこぞの高級娼婦の一人だろう。
ジェイドも見たことがあるが、貴族や王族を相手にしているからだろう、いかにもプライドの高そうな雰囲気の女だった。
確かに、彼女ならば、自分の好みとは違う香水を好みそうだ。

ピオニーの質問をはぐらかし、彼から逃れるようにしゃがんだジェイドは、足元で鳴いているブウサギの頭を撫でてやる。
馬鹿らしい考え事をしているのを知られたくなかった、というのもあるかもしれない。

気持ちいいのだろうか、ぶぅ、と低く鳴くブウサギに笑みをこぼしていたら、また後ろに近づいてくる、気配。

「……殿下?」

「何処の香水か当てろというのだろう?なら、覚えとかなきゃな」

「…………それは構いませんが、動きづらいです」

懐かれてしまったらしいブウサギが足元に来ていて、背後にはピオニー。
しかもブウサギは先ほどからジェイドの足をぐいぐい押す勢いでくっついてきている。
そこに加えて、匂いを覚えようと肩ではなく、より強く香っているであろう首筋に顔が近づいているものだから、妙にくすぐったい。

そうだ。動きが取れないのもそうだが、この近すぎる距離感が落ち着かないのだ。
しかし、振り払えない。
振り払っては――――――…そう、ブウサギを蹴ってしまうかもしれない。

「ん〜…香水なんて詳しくないからなぁ」

「今度ベッドに来る女性にでも聞いてみたらどうですか?」

「いや、暫くは呼ばない。」

しゃがんで他人に顔を寄せている体勢が辛くなったのだろうか、とうとう腰に腕を回して身体を安定させようとし始めたピオニーのその台詞を聞いて、ジェイドは目を丸くした。
あれほど日を置かずして呼んでいた女性を、呼ばないとは。

「だって、暫くはこいつにかかりっきりだろう?」

ジェイドの足元で未だにぐいぐいとくっついてこようとしているブウサギを見て、彼は屈託の無い笑みを浮かべた。
勿論ジェイドからは見えなかったけれど、声音で分かる。
その言葉を聞いて、ジェイドは何故かほっとした。
それは勿論、飼い主としてきちんと責任を果たそうとしている事への安堵だ。

そう思って油断していたせいなのか、ピオニーからは見えなかったが、ジェイドの口元は僅かに笑みの形になっていた。






















+反省+
ブウサギネタ。

2006..