[はつこいの死霊使い]



























――――ホドという島にあるただひとつのこの街は、ガルディオス伯爵の治める地だった。
領主たるガルディオス伯は、金髪に碧眼の誰かを思い起こさせる色彩の―――だが驚くほど人のいい人物で、何故レプリカ研究施設などというものの建築を許したのか、未だに理解できない。
そんな彼に、どういう訳か気に入られてしまっていたジェイドは、研究の傍ら、何かにつけてガルディオス家を訪れる機会が多かった。
今日も招かれ、質素だが美しい装飾のなされた扉を屋敷の使用人達に開けてもらい、恭しく礼をされる。
他の地域よりもその礼の角度が深く、何かにつけて頭を下げられる機会が多いのが、毎回気になっていた。

「ああ、ジェイド君か」

「…………」

「―――ははっ…すまない、年も近いというのに、子ども扱いをしてしまった」

中庭で誰かと話をしていたらしい伯爵が、人好きのする笑みでジェイドの名を呼び、駆け寄ってきた。
彼は外見的にジェイドとは別種の美貌の持ち主で、健康的な明るい笑みと整った容貌、貴族ならではの完璧な立ち振る舞いという、どこかギャップのある人となりが、彼を領主以前に、人として人気を集めている。
ジェイドはといえば、同じ研究者仲間やベルケンドの研究者などから羨望の眼差し―――別の種類の眼差しもないでもなかったが―――を集めはするが、その容姿について、特に言われたり騒がれたりすることはなかった。
それを、ジェイド自身は自分の容貌がありふれているからだろうと理解している。
だが実際は違っていて、ジェイドも、人を寄せ付けない風なその氷のような美貌が、既に若きガルディオス伯と共に皆の注目の的になっていた。

「ははは、君も人気者だね〜。今のメイドの顔、見たかい?」

「……はぁ」

よもや自分が注目されているなどと微塵も思っていないジェイドは、ガルディオス伯爵の言葉に、曖昧に返事を返してみせる。
その態度でジェイドが自分の魅力を理解していないのを再確認した彼は、苦笑を浮かべて中庭から屋敷の中へと入ってくる。

「何かと自分には無頓着なようだが――――君はなかなか人に注目されているよ。その容貌の持ち主としても、研究者としてもね」

ガルディオス伯の言葉のきりのいいところで、彼と話をしていた初老の男―――身なりが質素だからてっきり庭師か何かだと思っていたが、剣士か何かのようだ―――が、その年よりも機敏な動作で一礼をすると、邪魔にならないようにとの配慮か、静かに立ち去っていく。
その姿がなんだか物珍しくて、後姿を追っていたら、伯爵は「あぁ、」と納得した風な声をあげた。

「ホドの文化なんだ。特にペールギュント…子供たちの剣の師匠をしている彼は、生まれも育ちもホドなものだから、他よりもよくやっている。」

「よく、私の疑問がお分かりになりましたね」

暗に「礼」、「お辞儀」――-といった「頭を下げる」という行為の疑問に答えてくれたのが分かり、ジェイドはその聡さに目を丸くした。

「何かにつけてすぐに頭を下げるのが、気になっていたんだろう?君が入ってきた時からずっと礼をする皆をじっと観察していれば、気づくことさ」

なんでもないことのようにさらりとそう告げると、彼はいつもの場所――――書斎を目指してゆったりと歩き出した。
未だに見える中庭では、そのペールギュントという初老の男の指南を受けながら、二人の子供が稽古に励んでいる。
その格好は貴族とは思えぬほど質素なもので(汚れるからだろうが)、しかも、上の子供らしい方は、長い白金の髪を一つに結っている。

「…娘さんも、ですか?」

「ああ、マリィのことか。いや、あれでなかなか筋が良くてなぁ――――本人もやりたいというから、好きにさせてるんだ」

「そう、ですか」

「君にも妹がいるそうだね?殿下からそんなお話を伺ったことがある」

言って、きっと君に似て美人なんだろうね、と悪戯っぽく笑う。
男だから、女だから、というのは関係なしに、人には得手不得手というものがある。
彼の娘――マリィベルといっただろうか、彼女はおそらく、剣などといったものを持つだけの気質と度胸、それに覚悟をも持ちあわせているのだろう。
自分の妹であるネフリーと比べてみても、まったく逆の気性のようだ。
妹は、本人はそうでもないというが博愛主義で、人を傷つけることを恐れ、誰にでも優しく接する。
それが余計な虫(それが誰とは言わないが)を寄せ付けていることも分からないくらい、純朴な子どもだった。
それ以前に、そもそも妹が剣を持つ姿など想像もつかない。

「ははは!そう真剣に考え込まないでくれ。別に、君の妹にもやらせてみたらどうだ、といってる訳じゃないさ」

言いながら、彼はたどり着いた書斎の扉を自ら開けて、ジェイドに中に入るように促す。
いつも、どんな話をするにしても、彼は書斎へとジェイドを招いた。
そこでお茶を飲みながら、日常のとりとめもない話をしたり、グランコクマにいる少々風変わりなことで有名な、某殿下の話をしたりする。
話す内容はそんなもので、実際たいした話題ではないのだが、その話術はジェイドが舌を巻いてしまうほど。
それゆえに、何度話をしても退屈しない――――それに、物事をみる視点が何処かジェイドとはベクトルが違っていて、非常に興味深い見解も聞くことができる。
だからだろう、研究の合間ごとに軽い調子でお茶の誘いを受けるたび、共同研究者達の何処かすがるような視線を潜り抜けて、屋敷に通ってしまっているようだ。
ジェイドはそんな風に自身をまるで他人のように観察しながら、目の端に映っている手際よく珈琲を淹れている伯爵の手元をぼんやりと眺めていた。

「―――――こんな辺境の島にも、よくない知らせというのは早くに届くもんなんだなぁ」

「!………ご存知、でしたか」

「昔馴染みからそんな情報が回ってきて―――家族だけでもいいから、早くに逃がせ、といわれたよ」

ほら、入ったよ、と差し出された、いい香りのする珈琲を半ば反射的に受け取りながら、彼のいやに落ち着いた声音に耳を澄ます。
今でこそ、こんな柳のように優雅な手つきの男だが、そういえばガルディオス伯爵は元は軍人だった…と、誰かから聞いたのを思い出した。
一見すれば単なる優男に見えがちだが、その内面はジェイドですら読めず、キムラスカとの長期にわたる戦乱の間、驚くような奇策で相手を翻弄してきた、智謀の将であったという。
その上、彼自身も剣の――――それも、遊撃的な役割である、素早さや抜刀時の重い一撃やらを武器にする、先陣を切って戦場を駆け抜けるような将でもあったのだそうだ。
人づてながらにそんな武勇伝を聞いたことのあるジェイドではあったが、しかし、この穏やかな男がそんな血生臭い過去を持つようにはとても思えなくて。
殆ど半信半疑のように記憶していた話だったが、何処か遠くを見ている―――――これからの戦局や、ホドにいずれやってくるであろう戦乱の匂い、それに伴う両国間の今後の情勢などを考えているであろう瞳を見て、その話が嘘ではなかったのだ、という事を思い知らされた。
時折、冗談のように「俺が死んだら子供たちが悲しむから、記憶が移植できるなら、俺のレプリカでも作ってくれよ」などと言って笑っていた瞳とはまったく別種の眼差し。
あの時の台詞にもどきりとさせられたが、それ以上の、何かもっと重大なことを告白されるような気がして、ジェイドはそのプレッシャーから逃れるべく、思わず彼の視線の先を追う。


すると、そこは丁度中庭が見えるようになっている、しかし書斎という部屋の性質上、あまり大きいとは言い難い窓があった。
窓の外では、先ほどと同じように、姉弟が真剣に稽古に励んでいて、それをまるで親か何かのように、慈愛に満ちた眼差しで師が眺めている。
ガルディオス伯爵―――彼らの父親の言うとおり、どうやら剣に関しては今の段階では姉の方が秀でているようで、少し年が離れているらしい幼い弟が降参を叫ぶのは、程なくのことだった。

「私は、あの子達を―――あの子達の笑顔を守りたい、よ」

「………」

彼ほどの男ならば、それが不可能に近いことも分かっているのだろう。


確かに、「ほぼ」無血による戦争勃発の防止、もしくは早期の終了の方策はある。
単に、戦争が始まるか始まらないかの前に、領地の無条件引渡し、並びに査察受け入れをすればいいだけの話。
だが、それは同時に敵国にレプリカ研究の事実が発覚し、現皇帝からの信用が失墜してしまうというおまけがついてくる。
そうなる前に、ガルディオス伯爵は明け渡しと同時に敵国であるキムラスカに尻尾を振って命乞いをするか、自らの尊厳とこの領地を任された人間としての責任を取って、最低限の情報隠滅をした上で自決をするか――――この二択を迫られる。
そして、ジェイドには確信に近い形で、後者を取るであろう事が分かっていた。
彼ほどの男が、平和を望みながらも戦乱に身を投じ、現皇帝の信を得ながらも、和平を望む殿下―――ピオニーが、一日も早く帝位に就くことを願って強硬派を演じ続けていた彼が、今この時に、命と子供可愛さにキムラスカに尻尾を振るなどという選択をするわけがない、と、分かっていたのだ。
だが、きっとそれでも、最小限の犠牲で最大限の効果を得られる策を考え、そして、それを実行するに違いない。


まだ戦争勃発の危機を知らずにいるのなら、あと少しだけ――――ほんのあと少しだけ、彼ととりとめもない、くだらない話をして過ごしてみたかった。
だから、黙っていようと思っていたのに。
何のつもりなのだろう、彼はそれについて、今日は話すつもりのようだった。
恐ろしく長い時間が経ったようにジェイドが感じ始めた頃、ようやく向き直ったガルディオス伯は、いっそ奇妙だと思えるくらい、鮮やかに、そして穏やかに微笑んでいた。

「実はな、ジェイド」

声音は、いつもの調子で。
ジェイドからすれば、どんな顔で反応したらいいのか分からない、その表情で。
伯爵は、やはり笑ったまま、かつての言葉を反芻した。

「――――あの時言った、『私のレプリカを作ってくれ』っていうのは、半分くらい…本気だったんだ」

「…は」

「だがな、言ってから暫くして―――…分かったんだ」

何を、と問う前に、一拍置いて、また彼は口を開く。

「レプリカとはいえ、『彼ら』は例え私と同じ姿と声をした存在とはいえ、『私』ではないんだ。私ではない、マリィベルとガイラルディアの父親である私でもない、まるで他の存在なんだと、わかったんだよ」

彼が何を言わんとしているのか、みなまで聞かずとも分かってしまって、ジェイドは決まり悪そうに目をそらすことしかできなかった。
彼の中で、葛藤もあったのだろう。
確かに、自分と同じ姿と声の存在があの子供たちの傍らにあれば、それだけでも救いになるのかもしれない。
だが、レプリカ自身はどう思うのだろうか?と。
優しい、そしてジェイドよりもよっぽど「人間」であるガルディオス伯は、レプリカがどう考えるか、レプリカ自身がどう生きていきたいのか、それの方が重要だと。
そして、レプリカは例え生まれた理由がそこにあったとしても、命であることに変わりはない。
『代用品』ではないのだ、と。
彼は研究者の誰よりも早く、気づいてしまったのだ。
ジェイドが薄々感じ始めていた、漠然とした感情の正体もそれと同時に分かってしまい、ジェイド自身、彼にかける言葉がみつからない。
レプリカを作り、廃棄していく度に感じていた、自身では分からなかった感情――――それが、自身のやっていた事への嫌悪と同時に理解されて、そしてそれを気づかせてくれた伯爵に感謝したくなって。
しかし、もうすぐなくなるその存在があまりに無常なように感じられて―――――。


最後の手向けのように、ジェイドも笑い返し、

「――――――ご安心ください、伯爵。」

「…?」

「もう―――――…きっと二度と、レプリカが生まれることはありません、から」

研究者の誰にも言っていなかった、そしてずっと考えていたレプリカ研究への終止符を打とうと、心に決めた。
その言葉に本当に嬉しそうに微笑んだ伯爵の顔を見て、ジェイドはその笑みが「死にゆく者」のものだったのだ、と、唐突に理解できた。

――――そして。
その会話がなされた三日後、皇帝の命でホドから撤退させられたジェイドのもとに、ガルディオス伯爵の死とホドの占領が伝えられたのだった。






















+反省+
冒頭部分です。
フォミクリーネタかと思いきや、全くそんな内容ではありません(単に「ホド」を描写する上で必要だっただけです/笑)
その上、予定外にガイパパ←ジェイド風味です。 鬼畜ガイジェのつもりが鬼畜になりきらなかったので、キティクと呼称させていただきます。 ちゃんと今後ガイジェになります(笑)

2006.12.12