[もっと頼りにして] 階級が近い事もあって、アスランは何かとジェイドと関わる機会が多かった。 仕事をシェアする事もままあったし、共同作戦などにも参加したことがある。 それゆえに、互いに執務室を行き来する機会が増えていて――――ほんの少し、誰よりもジェイドに近い。 何故か最近それが嬉しくて、アスランは自身が不思議だと思っていた。 …執務室の扉を開けてみたら、鍵が開いているにも関わらず、ジェイドの姿が見つからなかった。 人を食ったような笑みと態度がトレードマークの彼だが、その内実はひどく真面目だ。 急ぎの仕事ともなれば自分の身体を省みず泊まりがけで仕上げることもよくあったし、こちらにも回してくれれば良いものを、何でもない風な顔をして「ついでだからやっておきました」と笑ってみせたり。 一昨日宮殿でその姿を見つけた時も、何だかふらついていたようだったので、気になってこうして訪れてみたのだが――――…探している本人の姿は見つからない。 案外用心深い彼は、大抵出かける時は鍵を閉めていくのだが、このままというのも随分珍しい。 本格的に疲れているのだろうか。 ともかくここにいても仕方ない、と、アスランは早々に踵を返してノブへと手をかけた。 「!!」 「―――――…フリングス、少将?」 手をかけたのとほぼ同時に扉が開き、探し人―――ジェイドが顔を覗かせ、驚いた顔をしていた。 気配を読めない筈がないというのに、本当に驚いているようだ。 それに、最初は気付かなかったが、顔色は何だか青白い。 以前、たまたま彼がよろけているのを支えてやった時の体重の軽さと腕の細さとを思い出して、アスランは渋面になった。 「陛下から例の件を窺いました。私の部隊の分もあるとの事でしたので、受け取りに来たのですが」 例の、とは、予算で各師団に配分される予算と、購入可能な物品のリスト、それからそれに関する申請書類、購入可能店舗等の詳細が書かれた書類の事。 通常武力をメインとする第一師団―――アスランの部隊と、譜術に非常に特化している第三師団―――ジェイドの部隊は、他師団よりも予算を割かれ、特別な扱いを受けている。 殆どが少し譜術士隊を擁ししただけの師団なので、二人が指揮官を務める師団はマルクト軍内でも特別の配慮を必要とするのだ。 その為、いつもこの二師団は議会で予算が決められ、皇帝の承認を受けることになっている。 今期はその通達がいつになっても来ない、と思っていたら、何とジェイドがそれを受け取っているというので、彼の体調を見るついでに、とアスラン自らが訪れたという訳だ。 彼がその件を問うと同時に、ジェイドは少し思案するような様子を見せる。 だがどうしたというのか、目を伏せたかと思うと、少し身体がぐらついているようにも見えて、思わずアスランは距離を詰めて肩へと手を置いた。 「大佐?」 「え?ああ、すいません。リストでしたね―――――少し、待ってもらえますか?」 「しかし、顔色が優れませんよ。寝ていないのではありませんか?」 無茶をする人である事は十二分に分かっていたので、アスランは思わずそう尋ねる。 すると、図星だったのだろう、一瞬だけだったが動きが止まり、即座に「そんなことありませんよ」と笑った。 それなりに軍内では近しい位置にいると思っていたのに、どうやらジェイドにとって、自分はまだ頼れるような存在ではないらしい。 それを痛感すると、少し悲しくて、悔しかった。 この至近距離で見れば、ジェイドの目元は隈で黒ずんでいるのがはっきりと分かるし、顔色も悪くて、何処かふらふらとしている。 そんな状態でも、まだ自分を頼ろうとはしてくれないのだ。 確かに、幼馴染である陛下のように彼と長い時間を過ごした訳でもないし、遠くケテルブルクにいるという妹のように、血が繋がっている訳でもない。 ましてや、昔に辞めてしまったもう一人の幼馴染のような優秀な頭脳と観察力を持っている訳でもないから、話も合わなければ彼の状態に気付かない事もしばしばだが。 それでもジェイドを心配しているのは本当の事だから――――…少しくらいは頼って欲しい。 「……お疲れのようですので、これ以上は仕事を回さないよう、陛下には進言しておきます」 「無用の心配ですよ、少将。放っておけばあの人は机の上を未処理の仕事で一杯にしてしまいますし――――」 「ジェイド大佐、貴方の体調の方が心配なんです。お願いですから休んで下さい」 至極丁寧な口調だったが、その瞳はピオニーに通じるような意思の強さが宿っていた。 思わずその瞳に見とれていたら、腕をがっしりと捕まれ、ジェイドは目を見開く。 そのまま、扉を開けたままの状態だったジェイドを少々強引に執務室に入れ、その腕を掴んだまま、奥の仮眠室の扉を開けた。 「フリングス少将ッ」 慌てて制止の声を上げるものの、普段の物腰の柔らかさとはかけ離れた力強さで、ベッドまで導かれてしまい。 「人払いをしておきます。ゆっくり休んで下さい」 そう言って、普段以上に柔らかく微笑むと、彼は何事もなかったかのように扉を閉めてしまった。 「――――――…これは、強制…という事でしょうか」 今すぐにここを出て執務を再開したい所だったが、まだ彼の気配が近い。 恐らくは今見張りの兵に事情を話しているのだろうが、きっとジェイドがここを出たのなら、すぐに戻ってきて、今度こそ無理矢理ベッドへと押し付けられそうな気がする。 最初の頃は、軍内では本当に物分りの良い、気遣いの出来る良い人だと思っていたものだったが―――案外強気な部分もあるらしい。 先ほどの眼差しを思い出して、思わずジェイドはぼんやりとなる。 まぁ、あの年齢で少将などという地位にいるのだから、それなりに修羅場や死地を潜り抜けてきた人物に違いないし。 だから、多少予想外の性格があったとしても納得できないわけではないが。 単なる優男だと思い込んでいた自分が、馬鹿みたいだ。 あんな目をされたら、さすがのジェイドも何も反論ができない。 ピオニーほどではないが、その次くらいには力を感じる眼差しだった。 最早この部屋を出る気が失せている自分に苦笑しながら、ジェイドはそのままベッドへと倒れこむ。 実のところ、アスランの話している事の半分くらいをうっかり聞き逃してしまう位、眠気が襲っていたのだ。 どうやら、自分は随分とあの男を甘く見ていたらしい、という意外な発見と、今後の仕事の予定とを考えながら、ジェイドは素直に眠りへと落ちていった――――――…。 +反省+ |