[01:雪の降る街]



















久しく訪れていなかった街―――――故郷ケテルブルクは、相も変わらずしんしんと雪の降る、静かな街のままだった。

「うわぁ〜、ほんとに白いんだな!」

雪を初めて見たというルークは、寒いだろうに、それすら気にならないのか、顔を寒さか興奮かで赤くして、上を見たまま歩いている。
あのまま歩けば誰かにぶつかってしまいそうなものだが、そこはあの使用人がでしゃばって、なんとか止めてくれるだろう。

ひとまず久しぶりに見る故郷を、ジェイドはぐるりと見回した。







街の至る所には、現皇帝の曽祖父にあたるといわれているカール三世の銅像。
南の入り口のすぐ傍には、貴族達が遊びにやって来るカジノ。
ホテルの北にある公園では、昔と変わらず雪合戦をしている子供達で溢れていた。

何もかもが、あの頃のまま――――ネフリーや同年代だった者が皆大人になっていること以外では、何の変化もない。
何処か排他的で閉塞感のある雰囲気も、あの頃のままだ。
殆どの者があの事件について口を噤み、なかったことにしている事も、概ね思った通り。
やはり、何の変化もない。

皆、記憶の隅にはジェイドのこと、それに洟垂れのサフィール………いや、バルフォア博士とネイス博士のことを残してはいる。
私塾で学んだこと、そしてこのケテルブルクが生み出した譜術と譜業の博士であること。
そのいずれもが事実ではあるが―――――この年になって生まれた感情は、郷愁なんて優しく温かいものではなかった。
故郷でありながら、まるで落ち着かない。
もうここへ戻ってはいけないような、そんな場所になってしまったような気がするのだ。

―――――ここはジェイドの罪の始まりの場所だから…そう感じるのかもしれないが。









思えば、色々なことをこの街で仕出かしたものだった。 好奇心の塊であり、危険という言葉を知らなかったあの頃―――――…随分と無茶をして、挙句の果てには人一人を犠牲にして。
人間らしさをもつきっかけとなった大切な師であったから、その分幼心に傷を負ったのだろうか。
そこから歯車が狂っていったかのように、どんどんと道を突き進んでいって。

自分のした所業の罪の大きさを思い知った頃には、もう色々なことが手遅れの状態だった。
フォミクリーは数多の人を、死体を。
そしてひとつの島をも飲み込んで――――それこそルークがアクゼリュスを消滅させた以上の人を不幸にしただろう。



その研究を始めたこの街は、いうなればルークにとっても始まりとなった街という事になる。
ジェイドにとっては単にフォミクリーという罪を想起するきっかけにしかならない場所ではあるのだが。

(いや……それだけ、という訳ではありませんね)

すっかり自身の居場所ではなくなってしまった、ケテルブルク。
もはやこの街に戻ろうという気すらないが、ひとつだけ、悪くなかった出来事もあったにはあった。













『俺が―――俺が皇帝になったら。お前、傍で手伝ってくれるよな』

自己中心的な、今と変わりない口調と態度でそう言った、幼き日の皇帝と出会ったこの街。
しんしんと降り積もる雪を窓辺から眺めながら、まるで当然といわんばかりに笑って言ったその台詞に、ジェイドはすぐに反応することができなかった。
ただでさえ、こんな風に普通に会話をする子どもが少なくて、大人ですら、ネビリム先生以外は相手にしなくて。
恐ろしいまでの才覚を持ち合わせているが故に、遠巻きにされていた己を――――恐れも媚もなく、ただ「友」と呼んでくれた唯一の人物。
その彼に必要とされてひどく心が揺さぶられたのを、今も鮮烈に覚えている。
思えば、あれが初めての動揺だった。

そんな彼―――まだ、大きな隔たりはなかった頃の彼とのやりとりは、この雪の街でしかなかったもので、それを思い出すのには、この雪の街は悪くない場所だと思えた。





僅かに心のどこかが軋んだ音を立てる、この街だけれど。
歪んだ記憶ばかりじゃないからこそ、完全に嫌うことができないのだ。













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一人語りですいません…!
ケテルブルクは嫌いじゃないけど、居心地が悪いと思っていればいいです。
でも陛下との思い出の場所だから、嫌いになりきれない…みたいな!
気持ちはピオジェのつもり…



















[02:一番の信頼]



















カリカリカリ…
カリカリカリカリカリ…
………くしゃ。

――――――それまで小気味良い一定のリズムで滑っていたペンが、唐突に止まったかと思うと、紙の寄る音がした。
何事か、と、読んでいた本から顔を上げてみれば、ペンにインクをつけなおして新しい羊皮紙を取り出しているジェイドの姿が目に入る。
ソファからひょっこりと顔を覗かせて様子を窺っているピオニーにも気付かないで、彼は据わった目で羊皮紙と資料らしき分厚い紙束とを見比べたかと思うと、そしてまたペンを走らせ始めた。

カリカリカリ……
カリ…びぃい。

今度は先ほどよりも早く、妙な音が聞こえてきた。
どうやらあの音は、ペンを持つ手に妙に力が入っていて、あらぬ方向へとペンが走った勢いで紙を破いてしまった―――その音だったらしい。
何でもそつなくこなす男の珍しい姿が面白くて、思わずじっと観察していたピオニーだったが、ふと、彼の様子のおかしさに気が付いた。

(………眠いのか?)

時折、瞬きというには長すぎる程に目を瞑るジェイド。
最初はただの疲れ目からくるものかと思っていたのだが、先ほどは頭が一瞬揺れて、はっとなって動きを再開していた。

(そういえば―――――ジェイドはここ最近仕事が詰まっているとか、アスラン辺りが言ってたなぁ)

いかに人間離れした力を持つ死霊使いといえども、疲労というものは仕事の量に応じて等しく蓄積する。
その許容量も人間離れしているのだろうが、やはり限界はあるのだ。

「ジェイド」

「………なんですか」

ぎろ、という効果音が聞こえてきそうな目つきで睨まれたが、怯みもせずにピオニーは笑ってみせる。
それが彼をより不機嫌にしているのは分かっていたが、それも気にしない。
読みかけの本はぱたりと閉じて、すっくと立ち上がり、ジェイドの机の前へと歩み寄って行く。

「勅命だ。今から5時間、仕事禁止」

「―――――そんな下らない事で勅命を出さないでください。全く、ばかばかしい」

「そんな事言っても、お前は勅命でもない限り仕事を止めないだろうが」

全く、いつもあれだけおちゃらけた態度を取るくせに、どうしてこんな所は真面目なのだか。
溜息が出そうになって―――いや、堪える前に溜息が漏れてしまった。

道化を演じる割に、これは他のどの臣下よりも忠実で、誠実で、勤勉で。
何より、融通の利かない男だった。

ある程度の遅延があろうとも、普段は〆切よりも大分早く仕事を終えるのだから、誰も怒りはしないのに。
少しくらい、嘘をついたって構わないのに。

何処までも忠実であろうとするから、ジェイドは政に関していかなる場合でもピオニーに嘘はつかないし、極力スムーズに事が進むよう誰よりも動き回ろうとする。
しかも自身の限界も省みずにやるものだから、見守っている側としてはとても心臓に悪いというのに、だ。

だから、限界が近くなると、倒れる前に「勅命」を下すようになっていた。

「他の事するのも駄目な。仮眠室から5時間は出てくるな、これも勅命で」

普通の命令ならば、「聞き入れられませんね」と一笑に付されるのだが―――勅命は別だ。
これにはジェイドも無条件で従わざるを得ない。

「―――――分かりましたよ、陛下」

ペンを置き、墨壷に蓋をすると、ジェイドは緩慢な動作で立ち上がった。
動き自体はしっかりしているのだが、近くで見れば目許には深い色をした隈があって、彼の激闘ぶりを思わせる。
いずれきちんと休憩を取る事は分かってはいるのだが、寝入るまで心配で、仮眠室の扉を開ける彼の後ろをひょこひょこと付いて行く。
あまりに疲れているのか、それすらもジェイドは頓着していないようだった。

さすがに、ベッドを目にすると忘れていた疲労と眠気が呼び起こされたらしく、足取りが途端に怪しくなってくる。
唐突にふらりと傾いだその身体を、すぐ後ろにいたピオニーは、器用にベッドへと誘導してやった。

「やっぱり限界だったんじゃないか」

「…………そんなこと」

ないですよ…、という続きの言葉は口の形だけで紡がれて、音にはならなかった。
眼鏡すら外さないまま、ましてや上着すらそのままで寝ようとしているジェイドのベルトと胸ボタンを外し、更には襟を緩めてやって、そしてブーツを脱がせて寝る体勢を整えてやる。
意識が薄らぎはじめているらしいジェイドは、そんなピオニーの世話にも反応を示さずに、成すがままだ。

ぼんやりとしか開いていない瞳が、焦点も定まらずにあらぬ方向を見ている。
こんな姿を、仮眠室で皇帝陛下が一介の大佐の世話を焼いている姿を他の者が見たなら、そんな事をなさらずとも、だとか何とか言って咎めるのだろう。

だが、ジェイドがこれだけ無防備な姿を―――寝る寸前の姿を平気でさらす相手が自分だけなのだと思うと、たとえこの姿を誰かに見られたとしても、止められない。

何せ、これこそ死霊使いに最も信頼されている証、なのだから。













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そういえば現在時間軸で日常の風景の小説を書いたことがなかった…という事実に、これ書いている時に気付きました(痛)
目の前で寝るのは信頼の証さvvというネタ…ああ、ありがちすぎて笑えない。
実際ふざけてるけど大佐は真面目だと思います。というのも出したくて失敗してます。あはは…



















[03:俺のジェイド]
※ガイ様華麗に悟っちゃいました。



















「しっかし、驚いたよな〜!陛下のあの第一声。」

「……どうしたんですか?いきなり」

所用の為にグランコクマへと戻った折に、唐突にルークが切り出した。
あの時はセントビナー崩落の危険というのも念頭にあったし、何よりガイのカースロットの一件もあったから、つっこみそびれていたのだろう。
事情を知らないガイは、何事かと身を乗り出してくるし、アニスは面白がってその話に乗ろうとしていた。

「あー、それアニスちゃんも思ったぁ♪大佐、愛されてますよねぇ〜」

「愛されてるって……何があったんだよ…」

「だってさ、最初にいきなり"俺のジェイド"とか言ったんだぜ、あの人」

―――――別に、グランコクマ…というより、宮殿に出入りする者にとって、あの発言は特に問題視も特別視もされるようなものではなかった。
だが、彼らはあくまで外部の人間であり、皇帝の人柄というか…発言のおおっぴらさを知らないから……まぁ、こうして面白がるのも仕方のないことなのかもしれない。
何処となく居心地の悪さを感じながら、ジェイドは弁明の為にその輪へと分け入る。

「―――――陛下は何事もストレートで婉曲な表現しかしないのですよ。単に、『臣下』という所有物としての意味合いで、ああ仰ったんですよ」

「え〜!?そうなんですかぁ?……そうは思えませんでしたよ?」

アニスは、子どもながらにやたらと鋭い。
ピオニーが相当本気の目をしていた事や、声の響きが微妙な色を帯びていた事など、つぶさに観察していたのかもしれない。
だが、ここで邪推する程汚れきっている子どもでもない事も分かっていたので、「そうですよ」と鉄壁の笑みで返してやれば、すぐに納得してくれた。
素直な子供達は、こうして騙されてくれるからまだいい。
問題は、この事実を知ってしまったガイだ。
これまで野暮用で幾度かピオニーにも会っていて、僅かなりとも彼の人となりを見ている彼が、この話をどう分析するか。

「――――ガイ、妙な誤解はしないでくださいよ。」

先に予防線を張っておけばいいか。
そう思って、いざ何事かを言おうと口を開いたガイへと言葉を投げる。
――――すると。
一瞬、虚をつかれたという風な顔をして、次の瞬間、にやり、と何やら嫌な予感のする笑みを浮かべた。



「二人とも〜早く来ないと置いてくぞー」

「ああ、今行く!」

ガイはルークの声に即座にそう返して、すぐにジェイドへと向き直る。

「――――――なんですか」

すっと近付いてきた青年に得体の知れない何かを感じて、ジェイドは思わず身構える。
彼はぽん、と軽く肩を叩いたかと思えば、にこりと人好きのする笑みを浮かべてみせた。

「随分大事にされてるんだなぁ、旦那」

「――――――…」

顔が、硬直した。
そして、ややあって呟かれた言葉の意味を脳で処理し終えると、ジェイドは恥とも怒りとも照れとも取れない表情になって。
その分かりやす過ぎる反応がおかしくて思わず笑ってしまうと、置いていかれないうちに、そして我に返ったジェイドに言い返されないうちに、と小走りに前方へと駆け出した。



そもそも、ジェイドの反応はあからさま過ぎるのだ―――――――。
ああやって余計に弁明するからこそ、その言葉が真実であるという事を肯定してしまっているのに気付いていない。



自覚していないようだったので、この事実はずっと黙っておこう。
ガイは、ルークを追いかけながら密かに決心していた。













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ガイ様、うちのサイトだとかっこいい人らしい。(今更気付いた)
華麗に気付いちゃった後、陛下に会った時には何か言付けるに違いないよ。
ガイジェでピオジェだったらジェイドの取り合いだね☆
……いつか書きたいな……!!(止まれ



















[04:延べられた手]



















す、と差し伸べられた、今よりは柔らかく幼さの残っていた手を、私は取った。
その判断が間違っていたのか――――いや、正誤の判断をすることすら意味を成さないのかもしれないが、私には判断ができない。



『ジェイド――――…、俺と一緒に来い。』

"悪魔"と、街中の者から囁かれていた私を必要だと訴え、彼は腕を伸ばした。

冷酷と陰口を叩かれる冷たすぎる性格は、施政における冷静な判断に。
末恐ろしいと畏怖される回転の速すぎる頭脳は、宮殿内での智謀の為に。
感情がないと親にすら眉を顰められた無表情な顔は、腹を探り合う敵を相手に有利にやりあう為に。

他人が、そして家族ですら薄気味悪いと避けた要素を、彼は全て必要なものだと言った。


馬鹿げている。
妹に振られて自棄になった男の戯言だと、最初は笑い飛ばした。
だけど、その予測に反して彼の瞳はひどく真剣で…私から少しも目を逸らさないままで。
言っている事は随分と自分本位だというのに、そんな彼の瞳は何処か縋るような頼りなさを湛えていたものだから――――――…。

気が付いたら、読んでいた本を閉じてその手へと腕が伸びていた。





















「――――――…」

少々意識が飛んでいたらしい。
本を読んでいたというのに、ふと視線を落とせば読んでいたページとは全く違うページになっていたのに気付いて、ジェイドは一つ溜息をついた。

疲れている。
ジェイド自身そういう自覚はあったのだが、状況がそれを許さないために、ここ数ヶ月はろくな休みもないまま働いていた。
ようやく彼の念願であった即位の一歩手前まで来ている今、自分が抜けてしまっては、現皇帝の腹心がよからぬ計画を立てかねない。
なのに、その最大の防波堤と言っても過言ではない自分が、間抜けにも本一つに集中できないとは。
ただでさえ帝位委譲に向けた様々な準備や危険に関する対策を皆で毎日のように話し合っている最中だというのに、危機感が足りないとさえ思えてくる。

気を引き締めなくては、と自身の頬を軽く叩くと、ジェイドは再び本を広げる。
これまでその深い知識と経験で軍を率いてくれていたマクガヴァン元帥が、元帥になってすぐ、数年以内には引退するなどと言い出したのだ。
師たるゼーゼマンと一緒に坊や坊やとからかわれはしたが、実際彼の智謀に頼る部分もあったジェイドとしては、その彼を埋めるくらいの実力を手にしなければ、と躍起になって勉強をしていた。

次期皇帝であるピオニーに迫る危険は、いかなるものでも防がなければならないから。

また遠くなっていく思考を引き戻し、ジェイドは努めて本に集中しようとする。
が、そんなジェイドの努力をあざ笑うかのように、今度は無遠慮なノックの音が響いてきた。

「ジェイド、昼飯食ったか?」

「………………殿下」

こちらが入室を許可するより先にドアを開け、入ってきたのは―――――ピオニー。
今最も周囲に気を配らなければならない、次期皇帝だ。
だというのに、彼ときたらいつもと同様護衛も連れずに……いや、可愛がっているペットのブウサギ一匹だけを供に、ここまでやって来たらしい。
以前エンゲーブで見かけた子ブウサギを貰い受けてきたものだったが、現在では貫禄ある大人のブウサギへと成長している。
邪魔だ、といわんばかりの視線を投げかけながら、ジェイドはピオニーの目をじっと見た。

譜陣を書き込んだことで色を変えてしまった自分の瞳とは違い、幼いあの頃と変わらない青空を思わせる瞳は、今も昔もジェイドの何もかもを見透かすかのように澄んでいる。
この目でジェイドを見て、手を差し伸べて、一緒に国を支えていこうと。
ともすれば求婚しているかのような物言いに愕然としたが、自分という存在を必要だとはっきり言った彼の言葉に、半ば浮かされたかのようにその手を取ったのだった。
そんな幼少期を思い出していたら、ピオニーはその時のようにまた、すっと手を伸ばしてくる。

「根を詰め過ぎるのは身体に毒だ。確かに、お前は俺の為によく働いてくれるが――――――お前が倒れたら、お前の代わりになるような奴はいないんだぞ?それが分かってるなら、少しはサボれ」

あの約束をしたのは、ネフリーに振られて程なくの事だった。
彼女がピオニーを拒んだ理由については思い当たる節があったジェイドは、やはり自分が災厄の中心にあるのだと感じたし、実際ピオニーの傍にいる事それ自体に、少しばかりの罪悪感があった。
これが、離れる頃合なのかもしれない。
そう思っていた矢先に、あんな口約束を投げかけられた。
彼女の恐れる自分が傍にいるからこそ彼女に拒まれたというのに、それでもピオニーは自分が必要だと言った。

「即位してからの方がずっと忙しいんだ。だからほら」

早くこの手を取れ、と言わんばかりに手をずい、と伸ばしてくる。
別にそんな事をせずとも一人で立ち上がれるのだが――――――そうは思っても、彼はきっとその手に自分の手を重ねるまで、納得してはくれないのは分かっていた。
苦笑を浮かべると、ジェイドは一つ溜息をつくと同時に、その上に軽く手を乗せる。
途端にぎゅっと握られて、そのままその腕の力で椅子から立ち上がらされて。

「よーし、それじゃ行くか!ジェイド」

「………どちらに言ってるんですか、それ」

「両方に決まってるだろう」

引きずられるようにして執務室を出ながら、ジェイドはまた笑った。



結局、彼の手を取ったのは、自分にとっての正だったのだ。
昔よりもよっぽど感情が出せるように、善悪の判断がつくように、人を失うという事がどういうものなのか分かるように――――――忌むべき要素を全て丸く柔らかくしてくれたのは、やはり彼の温かい手だったのだから。













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初のオフラインで出した本(ピオネール)のネタをリンクさせてみたら、結構意味不明になってしまいました;;
うぅん…いつか全部繋げられたらなぁ、と思ってるのですが…毎回プロット通りにいかないのでどうなることやら…!!
とりあえず求婚まがいの口約束をしたから、今一緒にグランコクマにいる、っていう妄想をしています。
即位前捏造とリンクさせるなら、その約束をピオニーはうっかり忘れてたりするのかも(笑)




















[05:星の記憶は・・・]



















星の記憶、それはすなわち星の…この世界の運命を意味している。
星がそうだと記憶しているのなら、矮小な人間などにそれをどうこうする力などないのではないかと――――考えるものなのかもしれない。

だが、幸か不幸か、ジェイドはそうした考えに行き着く事がなかった。

世界が既に自らの運命を記述していたとしても、それは記述されているものに過ぎず、それ自体に事象を動かす力など存在しないのだ、と確信していたから。

言葉の力は凄まじい。
だからこそ恐ろしいところもあるが、真に恐れるべきは、言葉ではなく言葉を信じる人々にある。

しかしながら、それを理解する人は少なかった。
現実として、人々は「預言」というものにすがり付いて生きていて―――――そんな姿を見るのが、幼少の折からひどく不快で馬鹿らしいと感じたのを覚えている。

だからだろうか、運命の言葉に流されることなく、まっすぐに前を見つめていた男に惹かれ、いつしか彼の刃となり盾となっている自分がいた。
そして、そんな今の自分が嫌いではないと思えている。


そんな、自らが唯一心から頭を垂れる男の死を詠んだ預言は、淡々とした少年の声とは相反して、頭を強く殴られたような衝撃をジェイドへと与えて、その次にはそれ以上の強い決意をさせた。









星の記憶があの男の死を望んだとしても、私がそれを阻止してみせる、と。
















――――――まだ、戦争は起きちゃいない。
大丈夫だ、これだけ和平を望んでいる奴らが揃ってるんだし、最悪の事態にはならないさ。

和平条約を締結するという話になる大分前だったが、自信ありげにそう言って笑っていた彼の顔は、ジェイドの記憶に鮮明に記憶されている。



秘められた預言に詠まれていた運命とは違う道を、今自分達は歩もうとしているのだ。

そんな、不安定ともいえる現在の情勢。
皇帝の人柄もあるのだろうか―――――国内は目立った混乱もなく、落ち着いた様子を見せていた。

預言とは違う未来。
滅びる筈であったマルクトも健在のまま、結ばれた和平。

あの預言を心から信じていた者は予測などしよう筈もなかった現実が、今ここにある。
玉座を自らの血で汚す筈でだったこの皇帝も、相変わらず玉座にいる。
死臭にまみれる筈であった首都グランコクマも、平素と変わらず美しい町並みと水音を響かせている。

それは、ジェイドからすれば努力の結果に過ぎないと一言のもとに言い捨てられるものだが、実際に預言から外れた未来を体験してみると、他の者にとってはなかなかに新鮮なものらしい。
未だに戸惑った様子の部下に一つ苦言を呈してから、ジェイドは宮殿の方へと足を向けた。

(言ったところで、慣れるまでには暫らく時間がかかるのでしょうね…)

いずれも困った様子だった、今まですれ違った多くの人々。
元々預言に頼った生活をしていなかったジェイドには変わらぬ日常だが、毎日預言を頼りに生きていた人々は、今日の夕飯すら決められず、ひどく戸惑っている様子で。
苛立ちはしたが、しかし彼らの生き方にまで口を挟むつもりなど毛頭起きなかった。
彼らは、ジェイドとは全く関係のない人々であるし、今までも、これからも他人であることに変わりはない。

そんな無関係な人々相手に苛立ち、声を荒げたところで無意味なことで、無駄な労力を費やすことになる。

ご苦労様です、大佐
と、ぴしりと敬礼をしてみせる門兵に、ご苦労、と挨拶を返して、入ってすぐの場所にある、皇帝の部屋―――私室へと入っていく。
謁見の予定は入っていなかったし、この良い天気の中、彼が仕事に没頭しているとは思えない。
ゆえに、別に用意されている執務室ではなく、私室の扉を開けたのだ。

読みは案の定あたっており、部屋の奥からは皇帝の暢気な鼻歌なんぞが聞えてきて、ジェイドはため息が出そうになる。

「陛下、失礼しますよ」

「おー、ジェイドか。いいところに来た」

いやに上機嫌に笑っている彼のその無邪気な顔は、36歳にして独身、美丈夫、三拍子揃った上に民の信望も厚い、いわゆる『素晴らしい皇帝陛下』とはとても思えない。
無意識のうちにこめかみを指で押さえながら、ジェイドは用件を告げようと口を開いた。
が。

「陛…」

「丁度新しい首輪をつけ終わった所でな。どうだ!みんな最高に似合ってるだろう」

「陛下、」

「特にネフリーのは意匠を凝らしているだろう?職人にデザインを頼んだんだ。ほら、ここに名前が」

「―――――陛下。私は、家畜の自慢を聞きに来た訳ではないんです」

ぐいぐいと、少し嫌がっている様子のネフリーを引き寄せて首輪を見せようとする皇帝――――ピオニーの言葉を、ジェイドは思わず声を荒げて遮った。
普通ならば皇帝に逆らうなどと、と眉をしかめられる場面なのだが、彼とは幼少の頃からの付き合いで慣れがある。
その上この場にはブウサギ達以外に見ているものがなかったので、勿論咎める人間もいる筈がない。
皇帝自身もジェイドの不敬に関しては全く無頓着なので、目を丸くしてジェイドを見るばかりだった。

「……妙に苛々してるな。どうした?」

「民は仕方ないとはいえ、軍でも宮殿でも、皆預言を失った事で落ち着きを欠いております。…陛下から何かお言葉があれば、幾ばくかは効果があるのではと思いまして。」

「だから、俺が皆に何か言葉をかけろ、と?」

「はい」

ようやく、用件を言えた。
ジェイドは早口に用件を告げた後、疲れたようにひとつため息をついた。
何事か考えている様子のピオニーには構わずに、ジェイドは自身の師団の状況も報告として付け加える。

「私の率いる第三師団内でも、稽古中に槍を落とす、余所見をして練習試合に負けるなど、呆けている兵が目立ちます。その数は普段の比ではありませんから、明らかに今回の件が影響しているものと推察しています。―――――戦争を回避できたとはいえ、軍がこれでは、示しがつきません」

「…………ふむ」

聞いているのか、いないのか。
手元に引き寄せたネフリーを撫でながら、ピオニーはジェイドの顔を見たり、ネフリーの毛並みを眺めたりと気のない様子。
しかしそれでも話はしっかりと聞いているのを知っていたジェイドは、いつまでも答えようとしないピオニーに、段々と苛立ちを募らせていった。

「陛下」

とうとう耐えられなくなってジェイドが口を開こうとしたそのタイミングで、ピオニーがいきなり立ち上がった。
今まで彼が膝をかかえてネフリーを撫でていた為に、見下ろす形になっていたジェイドは、突然近くなった顔に狼狽する。

「――――――お前は、別に預言を信じる方じゃなかったよな?」

「…………は?」

確認のように尋ねられたのは、幼少から知っている筈の事実だった。
しかも、今までの話とは全く違う…訳ではないが、趣旨のずれたもの。
驚いたことを隠すように、眼鏡の位置を正すような仕草をすると、ジェイドは「当たり前です」と返した。

「……だよな。じゃあ、お前まで、どうしてそんなに落ち着きがない?」

「?私は特には」

「いや、実はアスランから『カーティス大佐がミスのある書類を気付かないまま持ってこられたんですが、どうかされたんでしょうか』って、俺に報告があってな。俺はその時はジェイドだってミスのひとつやふたつ、するだろうって取り合わなかったんだが―――――」

「………」

「やっぱり、変だな」

じろじろと観察しながら、ピオニーは独り言のようにつぶやく。
聡い彼のことだ、いずれ答えに行き着いてしまうのだろう。
ジェイドが知られたくない、自身ですら今しがた気付いたばかりの、その答えに。



必死で掴み取った、「預言から外れた未来」―――――回避できたピオニーの死の預言に、ひどく安堵してしまって、腑抜けている、と。
預言の詳細を知らずとも、彼は気づいてしまうに違いないのだ。
彼は、それくらい聡い男だから。













+++++++++++++++++++++++++++++++
ほんっとに長らくお待たせしました;;
最後の5つめ、どう妄想したらいいのやらと思い悩んでおりましたら、長い時間が経過してしまいました…!
ありきたりな内容な上にささっと書いたので、言い回しが変かもしれません(苦笑)






















+総合反省+
web拍手でおまけとして掲載していたお題に沿った突発小話です。
短いので1ページにまとめてしまいました…が、読みづらかったらすいません;;

2007.1.29